封印された秘密の部屋

1/6
64人が本棚に入れています
本棚に追加
/66ページ

封印された秘密の部屋

 御堂(みどう)家の敷地に足を踏み入れたエミリーは、荒れ果てた庭を見て深くため息を吐いた。 「ワーオ……、草がたくさん!」  ここは東北地方にある母の実家。空き家となってはや数年。住人がいない家は傷みが早い。  エミリーの母は日本人、父はアイルランド系イギリス人。エミリー自身は、現在、日本で大学留学中である。  母は、遠くイギリスの地で病気療養中。  この家の主である祖父母は、数年前に相次いで亡くなってしまった。  二人のお葬式はしなかった。  母だけが帰国して納棺。お骨は一族の墓地に埋葬されている。 「あとでお墓参りにも行かなくちゃ」  小さい頃、エミリーは母とこの家に毎年やって来て、何か月も滞在していた。  父も数日間来日して、その時は皆で温泉旅館に泊まったり、観光地巡りをしたりと、楽しい日々を過ごした。  祖父母は優しかった。エミリーが食べたいものを作ってくれて、欲しいものは何でも買ってくれた。  大人になってからは連絡もとらなくなり、寂しい思いをさせてしまったかもしれないと、今になって思う。  豪農だったと聞いていた祖父母の家は、日本の典型的な農家の造りをしている。  母屋と離れ座敷、屋根だけの農機具小屋。それらが敷地内に点在している。  畑も田んぼもとっくに売り払ってしまっている。離農したときに農耕具はあらかた処分しているので、小屋はガランとしている。  母屋の前には日本庭園もある。  庭の真ん中に大きな柿の木が一本。 「ああ、柿の木はそのままね。おばあちゃん手作りの干し柿をよく食べたなあ」  ある年、柿の実が生っていたので食べたいとせがんだ。  おばあちゃんたちは、先端が二股の棒で器用に柿の実を取ったが、『渋柿だから』と食べさせてくれなかった。  柿の木にはまだまだ実が残っていたので『おばあちゃん、まだあるよ』と教えると、『あれは鳥さん分だから、残しておいてあげようね』と、言われた。  言った通り、残された柿の実に次々と鴉や椋鳥がやってきてついばんでいった。 『おばあちゃん、本当に鳥さんたちが食べていくね』 『これが分かち合いだよ』  この時からエミリーは、「分かち合い」という日本語が大好きになった。  採った渋柿は皮を向いて紐で縛り、風通しの良い軒先に吊るした。  風に揺れるそれをエミリーは、不思議なもののように毎日眺めた。  やがてシワシワになって白い粉が噴くと、おばあちゃんが、『食べごろだよ』と、紐から外して食べさせてくれた。甘かった。  これでエミリーは、美味しいものを食べるには時間が掛かるのだと子供心に学んだ。  成長すると学校との兼ね合いで長期間滞在することが難しくなり、食べる機会が無くなってしまった。  料理上手で優しかったおばあちゃん。寡黙だけどどこにでも車で連れていってくれたおじいちゃん。  父方の祖父母はとてもお喋りで、一緒に過ごしていると片時も黙っていない。それとはとても対照的である。  ここにいる間は、母も二人の子供に戻ってしまうのか、イギリスでは見せない表情を出していた。  心地よい時間と空間を過ごした大切な家が今では荒れ果てている。
/66ページ

最初のコメントを投稿しよう!