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封印された秘密の部屋
御堂家の敷地に足を踏み入れたエミリーは、荒れ果てた庭を見て深くため息を吐いた。
「ワーオ……、草がたくさん!」
ここは東北地方にある母の実家。空き家となってはや数年。住人がいない家は傷みが早い。
エミリーの母は日本人、父はアイルランド系イギリス人。エミリー自身は、現在、日本で大学留学中である。
母は、遠くイギリスの地で病気療養中。
この家の主である祖父母は、数年前に相次いで亡くなってしまった。
二人のお葬式はしなかった。
母だけが帰国して納棺。お骨は一族の墓地に埋葬されている。
「あとでお墓参りにも行かなくちゃ」
小さい頃、エミリーは母とこの家に毎年やって来て、何か月も滞在していた。
父も数日間来日して、その時は皆で温泉旅館に泊まったり、観光地巡りをしたりと、楽しい日々を過ごした。
祖父母は優しかった。エミリーが食べたいものを作ってくれて、欲しいものは何でも買ってくれた。
大人になってからは連絡もとらなくなり、寂しい思いをさせてしまったかもしれないと、今になって思う。
豪農だったと聞いていた祖父母の家は、日本の典型的な農家の造りをしている。
母屋と離れ座敷、屋根だけの農機具小屋。それらが敷地内に点在している。
畑も田んぼもとっくに売り払ってしまっている。離農したときに農耕具はあらかた処分しているので、小屋はガランとしている。
母屋の前には日本庭園もある。
庭の真ん中に大きな柿の木が一本。
「ああ、柿の木はそのままね。おばあちゃん手作りの干し柿をよく食べたなあ」
ある年、柿の実が生っていたので食べたいとせがんだ。
おばあちゃんたちは、先端が二股の棒で器用に柿の実を取ったが、『渋柿だから』と食べさせてくれなかった。
柿の木にはまだまだ実が残っていたので『おばあちゃん、まだあるよ』と教えると、『あれは鳥さん分だから、残しておいてあげようね』と、言われた。
言った通り、残された柿の実に次々と鴉や椋鳥がやってきてついばんでいった。
『おばあちゃん、本当に鳥さんたちが食べていくね』
『これが分かち合いだよ』
この時からエミリーは、「分かち合い」という日本語が大好きになった。
採った渋柿は皮を向いて紐で縛り、風通しの良い軒先に吊るした。
風に揺れるそれをエミリーは、不思議なもののように毎日眺めた。
やがてシワシワになって白い粉が噴くと、おばあちゃんが、『食べごろだよ』と、紐から外して食べさせてくれた。甘かった。
これでエミリーは、美味しいものを食べるには時間が掛かるのだと子供心に学んだ。
成長すると学校との兼ね合いで長期間滞在することが難しくなり、食べる機会が無くなってしまった。
料理上手で優しかったおばあちゃん。寡黙だけどどこにでも車で連れていってくれたおじいちゃん。
父方の祖父母はとてもお喋りで、一緒に過ごしていると片時も黙っていない。それとはとても対照的である。
ここにいる間は、母も二人の子供に戻ってしまうのか、イギリスでは見せない表情を出していた。
心地よい時間と空間を過ごした大切な家が今では荒れ果てている。
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