十二月一日の二人 ※

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十二月一日の二人 ※

※リバです。 〈倉知編〉  日付が変わるまで、起きているつもりだったのに。  ベッドの中で、寒い寒いと抱き合っていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。  目が覚めたら朝だった。顔を覆って「ああ……」と落胆する。 「誕生日、おめでとうございます」  腕の中ですやすや眠っている加賀さんの髪を撫でて、起こさないように静かにベッドを出た。  冷たい水で顔を洗うと、よし、と気合を入れる。  今日はとにかく、すべてのことをさっさと終わらせて、二人の時間を捻出したい。いつもの二倍速で動き回り、洗濯と掃除と朝食づくりを終えた頃、加賀さんが起きてきた。 「え、早くない?」 「今日の俺は早いですよ。おはようございます。お誕生日おめでとうございます。ご飯食べましょう」  早口で言った。 「お、おう、おはよう、ありがとう。とりあえず顔洗ってくるわ」  炊き立ての真っ白なご飯、わかめと豆腐のみそ汁、ボイルしたウインナー、半熟の目玉焼きに、ミニトマトときゅうりとレタスを添え、完璧な朝食だ。 「なんか張り切ってるな」  加賀さんが席に着き、手を合わせた。 「はい、誕生日なので」  いただきますと声を揃えてから、のんびりとした口調で加賀さんが言った。 「今日の俺は早いですよって、早漏かなってちょっと笑った」 「え? 加賀さん早漏なんですか?」 「なんでだよ。なあ、今日カレー?」 「です。今日は速攻で仕事終わらせて、帰ります」 「まだ朝なのに帰ること考えてんの? すげえせっかちだな。可愛い」  加賀さんは、俺が何をしても可愛いと言う。それに慣れて平然とできたらいいのだが、脈絡のない「可愛い攻撃」に、俺はいちいち反応してしまう。熱くなった頬を、みそ汁の湯気で隠してごまかした。  食事を終えて後片付けをし、二人で一緒にスーツに着替える。今日の俺は、着替えるのも早い。ネクタイを締めて上着を着ると、加賀さんはまだズボンにベルトを通している段階だった。 「はっや」  加賀さんがおかしそうに言った。 「急いでるなら先出てもいいよ」 「え、嫌です。一緒がいいです」 「可愛い」  また、不意の可愛い爆弾が飛んできた。鼻の頭を掻いて、スタンドミラーでネクタイを確認するふりをする。 「今日いつもよりだいぶ時間早いし、送ってこうか?」 「おくっ、えっ、まさか、学校に? 加賀さんのZで?」  慌てて振り返ると、加賀さんがネクタイを首にかけ「イエス」と答えた。 「そんなご褒美……、今日俺の誕生日でしたっけ?」 「はは、俺にとってもご褒美だよ。倉知君、ネクタイして?」  加賀さんが上目遣いで甘えるように言った。 「ネクタイ、します」  ネクタイ「結んで」でもなく、「締めて」でもなく、「して」という言葉のチョイスが可愛くないですか? と誰にともなく同意を求めた。  視線を感じる。加賀さんが俺の手元ではなく、顔をじっと見ている。見てはいけない。見たら、我慢できない。ネクタイから目を逸らさずに、丁寧に、無心で手を動かした。 「できました」 「サンキュ。上手」  チュ、と唇をついばまれ、胸と下半身がときめいた。加賀さんは知らん顔で上着の袖に腕を通している。  抱きしめたい。加賀さんを、抱きしめたい。  でもそんなことをしたら、止まらなくなる。だから、代わりに加賀さんの枕を抱きしめた。  加賀さんが笑って俺の奇行を眺めながら、最後に腕時計を装着した。ジャガールクルトのクロノグラフだ。 「お揃いだ」  思わず声を上げて、戦隊もののヒーローみたいなポーズで、自分の左手首をさらけ出して見せると、加賀さんが少し吹き出して、おかしそうに言った。 「だな。今日ずっと、倉知君のこと考えそう」 「俺も、いつも加賀さんのこと考えてます。大好き」  フ、と艶っぽく笑った加賀さんが、俺の顎先を指でくすぐりながら言った。 「いい子だな。夜、すげえ楽しみ」 「はっ」  ビクッと体を震わせる俺を、愉快そうに見上げ、軽く胸を叩く。 「さ、行くか」  家を出て、車に乗り込んで、学校に向かう。俺は助手席で、頭の中で円周率を唱え続けていた。もちろん、勃起しないようにだ。 「なんか静かだけど、頭ん中円周率?」 「えっ、なんで」 「わかりやすいよね」  信号が赤になり、車が止まる。加賀さんの横顔は果てしなくニヤニヤしているが、にやけ顔でも美しい。 「あの」 「うん」 「俺も、楽しみです」 「うん。ん? え? あ、夜?」 「夜、はい……」  声がしぼんでいく。  夜が楽しみ。  意訳すると、抱かれるのを楽しみにしている。  言わなきゃよかった。顔が熱い。  加賀さんはずっとご機嫌だったが、俺は羞恥で爆発しそうだった。  学校の手前でハザードランプを点滅させたZが、停車する。生徒が登校するには若干時間が早く、通行人もまばらだ。 「はい、到着。倉知先生、いってらっしゃい」 「ありがとうございます、いってきます」  シートベルトを外し、じっと加賀さんを見る。 「降りないの? 離れがたい? うん、俺も」 「降ります、ちょっと待って」  スーツの加賀さんが、ハンドルを握る姿を目に焼きつけたい。カッコイイ。この人は、どうしてこんなにカッコイイのだろう。 「あっ」 「あっ?」  思い立ち、素早くスマホを取り出した。カメラを起動させ、激写すると、「何」と加賀さんが笑った。 「見てください。こんなにカッコイイんです」  加賀さんのカッコよさを誰かと共有したくてたまらない。撮ったばかりの画面を嬉々として本人に見せたが、ろくに写真を見ずに、視線はスマホを素通りし、俺を見つめている。 「あ、あの」  加賀さんがハンドルにもたれて、ニコ、と優しく微笑んだ。 「今日、夜、めっちゃ抱くから」 「……は、はい」  ふらふらしながら車を降りて、助手席のドアを閉める。運転席の加賀さんが、手を振ってくる。振り返し、走り出したZを、見えなくなるまで見届けた。  はあ、と大きく息を吐く。  まだ顔が熱い。  冷たい指先を熱い頬に押し当てて、息を吸う。吐く。なんだか体にパワーがみなぎっている。多分、加賀さんの誕生日だからだ。  十二月一日が、大好きだ。  校舎に向かって駆け出した。 〈加賀編〉  定時に職場を出て、帰宅すると倉知がいた。部屋の中はカレーの匂い。  口角が上がり、眉が下がる。  深呼吸をして、幸せを噛み締め、靴を脱ぐ。 「おかえりなさい」  キッチンに立つ倉知が、鍋に蓋をして、笑顔を向ける。 「ただいま」 「カレー、あと十分、煮込みますね。待っててください」 「うん。着替えてくる」  寝室に向かうと、倉知がいそいそとついてきた。可愛い。 「加賀さん、プレゼントがあるんです。俺じゃなくて、物ですよ」  俺じゃなくて、物ですよ?  どういうつもりだ、可愛すぎないか。 「わあ、嬉しいなあ。なんだろう」  平静を装い、スーツのジャケットを脱ぐ。背後から倉知の手が伸びてきて、頭の上の収納スペースからプレゼントらしき箱を取った。平たくて、長い。ネクタイだろう、と思っただけで、ニコニコしてしまう。 「はい、誕生日おめでとうございます」  両手で差し出してきたプレゼントを、同じく両手で恭しく受け取った。 「ありがとう。開けていい?」 「はい」  俺の反応を楽しみにしている感じなのが、可愛い。  いつも可愛いが、今日は特に何をしても可愛い気がする。誕生日だから特別かわいこぶりっこしているのだろうか。  今すぐ押し倒したかったが、とりあえずプレゼントを開封した。 「ネクタイです」  ネクタイが出現した瞬間に倉知が言った。ダークレッドの、ドット柄のネクタイだ。 「サンキュ。こういう色持ってないから新鮮だわ」 「はい、持ってない色選んでみました。あの、可愛いですよね?」 「ん? うん、倉知君はいつも可愛いよ?」 「あの……、そうじゃなくてネクタイの柄が、その……」 「柄? あ、これ、肉球?」  ドットだと思った白い模様は、よく見ると小さな肉球だ。俺に喜んで欲しくてこれを選んだのだと思うと、愛しくて愛しくてたまらなくなって、胸にネクタイを抱いたまま、ベッドの上に卒倒した。 「……可愛い」 「可愛いですよね。加賀さん、犬派だから、ちゃんと犬の肉球ですよ」 「もう倉知君、ちょっと、倉知君、やべえ、どうしよ、可愛くて死ぬ」  これが尊死というやつなのか。ベッドの上で悶絶する俺を、倉知が誤解した。誇らしげな声が頭の上で言った。 「気に入って貰えて嬉しいです。でもこんな可愛いネクタイ職場に着けていったら、もしかして怒られます? それがちょっと心配で」 「倉知君」  体を起こし、真面目な声を出して、ベッドをポンポンと叩く。 「はい」  ちょこんと腰かけた倉知の肩を押して、ベッドに寝かせた。 「いただきます」  上から覗き込み、軽くキスをした。あっけにとられる倉知の頬が、やんわりと赤くなったのを見て、今度は深く、キスを落とす。舌を絡め、吸いながら、胸に手を這わす。 「加賀さん」  キスが途切れた瞬間、倉知が戸惑った声で俺の胸を弱々しく押した。 「とりあえず、先にカレーを」 「無理だって。ほら」  倉知の手を、自分の股間に押し当てた。 「か、硬い」 「うん。やるしかないだろ? いい? いいよな? だって誕生日だもんな。それに朝、約束したし、めっちゃ抱くって。今すぐ抱く。めっちゃ抱く」  ネクタイを緩めながら畳みかけると、赤い顔の倉知がかすかにうなずいて、「はい」と絞り出した。  腹は減っているし、倉知のカレーは大好きだ。  でも、セックスは、空腹のほうがはるかにいい。  服を脱ぎ、全裸になると、倉知の上に乗り、髪に指を絡めた。頭を撫でただけなのに、頬がピンクに染まり、息が、荒くなっていく。  可愛い、可愛いと小刻みに褒め称えながら、何度もキスをした。口中をしつこく攻めて、服を剥ぐ。下着を脱がせると、一部分がしっとりと濡れていた。  全力で勃起するペニスの先から、先走りの汁が、垂れている。 「可愛い」  指でつついて褒めると、倉知が顔を背けた。首が赤い。  羞恥の表情と仕草がめちゃくちゃに、そそる。  怖いもの知らずの酔ったセックスマシーンも魅力的だが、感じてしまうのが恥ずかしくて、顔を隠そうとしたり、もじもじしたり、唇を噛んだり、初々しい感じも大好きだ。  エロと可愛いの融合。一言で表すと、それが倉知七世という男だ。  エロ可愛い太ももを、ゆっくりと、撫でる。 「あっ」  高い声を上げ、倉知の腰が浮く。めちゃくちゃに興奮している姿が、いとおしい。両方の太ももを、揉むように撫でる。親指で内腿を撫で上げ、きわどい部分でブレーキをかける。  細かく震える倉知の太ももを持ち上げて、唇をつけた。わざと音をたてて吸いついた。何度もチュッチュとやるたびに、倉知のペニスが元気に跳ねた。 「可愛い」  囁くと、倉知が腕で、顔を隠す。その仕草も、そそる。  舌先で、体のあちこちをなぞる。そのたびに声を上げ、乱れる呼吸で体をうねらせ、手放しでよがってみせてくれる。 「すげえ気持ちよさそう」 「はぁっ、あっ、んあっ、声、へん、恥ずかしい……」 「はは、変じゃないよ。可愛い」  もっと聞かせて? と、耳に口をつけて言ってから、軽く、噛む。 「んっ、あっ、加賀さん、好き……っ」 「うん、俺も。大好き」  耳を舐めながら、倉知の腹筋を優しくさする。荒い息に合わせて上下する体は、汗ばんでいる。胸に指を滑らせて、揉む。とにかく揉む。いやらしく、ねちっこく、首とか耳を徹底的にねぶりながら、体中を撫でてやる。  いや、体中、というと語弊がある。  乳首と下腹部には、一切触れていない。わざと避けている。触れる、と見せかけて、触れない。ギリギリのところで手を止めてやる。我慢できずに自分でいじろうとするのを何度も止めた。じれったくてもどかしくて足をばたつかせて悶える姿が最高にありがたい。  倉知の体が痙攣したみたいに震える頃には、もう射精したんじゃないかというほど、先端から白濁液が零れていた。  挿入しないまま、一時間経過した。そりゃあ、こうなる。 「すげえ出てるけど、イッた?」  倉知が何か言っているが、完全なる喘ぎ声で、聞き取れない。 「何?」 「さわ、って、加賀さん、さわって」 「ん、ここ?」  笑いながら、胸の突起にキスをした。瞬間、倉知が声にならない声を上げる。腰を浮かせ、精液をぶちまける間も、片方に吸いついて、片方を指でこねてやった。  射精したばかりのペニスが、倉知の腹の上で蠢いている。  当然、まだ、足りなそうだ。  倉知の太ももを割り、大きく開脚させると、股間に顔を近づけた。 「精液垂れてる」  自身が出した精液が、ペニスをつたい、後ろに流れていい具合に濡れている。親指の腹で弧を描くように撫でてやると、キュッと締まる。 「……加賀さん」  シーツからわずかに頭を持ち上げ、倉知が俺を見る。 「早く、挿れて、ください」  だらしない顔で懇願され、にやけてしまう。 「なまでいい?」 「なまがいい、です」  切なげに訴える表情が最高だ。頭を撫でて、キスをしてから、ローションまみれにした猛る自身を、慎重に押し込んだ。奥にまで到達すると、倉知が首をのけぞらせ、「あーっ」と声を上げた。 「気持ちいい? なま好きだもんな」  ゆるく腰を振りながら訊くと、倉知が小さくうなずいた。 「なま大好き?」  言わせたいのだと気づいた倉知が、「なま、大好き」と恥ずかしそうに声を震わせた。 「はは、可愛い。最高」  両足を抱え、出し入れする。中の気持ちよさもさることながら、何をしてもめちゃくちゃに感じてしまい、恥ずかしいのに喘ぎが出る、どうしよう、という自制できない感じがとてもエロい。  ガンガンに腰を振り、七世、七世と連呼して、目を見つめ、可愛いとかいい子とか大好きとか、いろいろ言っているうちに、何度か達したようだった。最後のほうは明らかにドライで、射精をせずに、体を痙攣させていた。  汗と精液で濡れたべたべたの体を、大切に抱きしめて、中で、果てた。  乱れ打つ心臓の音。くっついていると、どっちの音かわからない。つながったまま、混ざり合う幸せな感覚に浸ってから、長い息を吐き、腰を引く。ぬるりと抜けていくペニスと一緒に、精液が溢れ出る。 「うわ、ごめん、すげえ出てる。可愛いし気持ちいいし、仕方ない」  思わず自己弁護すると、倉知が静かに笑った。  上に乗り、抱きしめる。胸筋を枕にして事後の余韻に浸っていると、倉知が俺の背中を撫でて、遠慮がちに言った。 「二回戦は、食後ですか?」 「……ん?」 「もしかして、今日はもう終わり?」 「え、お前、めちゃくちゃイッてたよな? 何回イッた?」 「わかりません」 「まだ欲しいの? それより腹減らない?」  訊いた途端、倉知の腹が、ぐう、と主張する。 「お腹は空いてません」 「空いてんじゃん」 「加賀さんの誕生日ですよ? ここぞとばかりに抱いてください」  急いで体を起こした。倉知の顔を、上から覗き込む。火照った頬と、潤んだ瞳。まだ、スイッチが切れていない。 「言うようになったじゃねえか」  笑ってキスを落とす。  誕生日、ありがとう。 〈おわり〉
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