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「また来ちゃった」
「いらっしゃい、翔ちゃん」
金曜日の今日はやっぱり混んでいて、テーブル席は全部埋まっている。俺はいつも座る一番端のカウンター席で、ママにビールをお願いした。
「あら、ビールなんて珍しいわね」
「うん、美味しく感じるようになったんだよね」
捺さんがいつも飲んでいるから、俺も最近好きになった。
「あの人と何か進展あったの?」
「んーん、最近は連絡取ってないんだ。でももう一回頑張ってみようかなって、思ってる」
「大丈夫よ。気持ちを伝えるチャンスは一度だけじゃないわ」
「うん。今度はちゃんと言いたい事言えるようにしてから、かな」
あの時はまだ告白するつもりなんてなかったから、勢いだけで言ってしまった。捺さんが混乱しても仕方なかったと思うし、伝わらなくて当然だったと思う。
それから俺はもう一杯違うお酒を頼んで飲んでいた。どんどん店も混んで人が増えてきたし、そろそろ帰ろうと思ったその時だった。
店の扉が開いたと思ったら、そこには捺さんが立っていた。
「なつ、さん?」
なんで、ここに。
「あれー? 翔太くんじゃん! 久しぶりー!」
「辰典さん。お久しぶりです」
また辰典さんと一緒だったのか。
どうしよう。
いきなり会うなんて考えてなかったから、まだ何を言えばいいか全然まとまってないのに。
「翔太、お前。まだこういう店来てんのか?」
────え?
久しぶりに会った第一声が、それ?
ていうか、なんで捺さんがそんな事気にするの?
「それ、ノンケの捺さんが言います?」
捺さんこそ、なんでいるんですか。
本当、捺さんって危機感ないんだよな。
ゲイにモテたら困るくせに、気軽にこういう店来ちゃうんだもん。周りの人が捺さんの事ジロジロ見てるの気づかないのかな。
俺はせっかく会えたというのに、捺さんの一言に何故か無性にイライラしてしまった。
本当は顔が見れて、すごく嬉しいのに──
「じゃぁ、また。辰典さんも」
「またねー翔太くん! 今度ちゃんと話そうねー」
「はい」
俺は平気なフリをして精一杯の笑顔を作った。
こちらを見ている辰典さんやママに、震える手がバレてしまわないように自分の身体でドアノブを握る手を隠す。
そのまま店を出て、俯いたまま歩きだした。
あーあ、今度は本当に振られちゃった。
それにまたちゃんと言えなくて捺さんの気持ちを試すような事だけ言ってしまった。
下手くそなんだな、俺。
もう一度やり直したいよ。
捺さん……
俺は駅に向かって歩いていた足を止め、近くのビルの小さな隙間に入り込んだ。そしてそのまま身を縮めてうずくまる。
「ふっ、う……うぅ……」
悔しくて涙が止まらない。
視界がボヤける度に瞬きをしても奥からいくらでも沸いて出でくる。胸の痛みが息をつまらせて、苦しくてたまらない。
なんでだろう、なんであんな言い方しちゃったんだろう……!
もっと落ち着いて話そうと思ってたのに!
ちゃんと、伝えたかったのに。俺の気持ち。
ちゃんと伝えて、それからゆっくり考えてくださいって、俺は待てますからって、そう言いたかったのに……
捺さんが俺と今まで通りの関係に戻りたがってるのが分かっちゃって、自分の気持ちが言えなかった。
やっぱり捺さんは俺の事なんてなんとも思ってないんだって、それが悔しくて俊の話までしてしまった。
本当最悪だ、俺。
膝に顔を当ててうずくまっていると、スマホが振動している事に気がついた。手に持つとそこには捺さんの名前が表示されていた。
──通話ボタンは、押せない。
こんなに泣いてぐちゃぐちゃの状態じゃ、まともに話すことすらできそうにない。
ごめんなさい。
捺さんが望む関係になってあげられなくて。
だって俺、捺さんが好きなんです。
捺さんじゃなきゃ、ダメなんです。
いつまでも振動し続けるスマホを見つめながら、頬をつたう涙をぬぐった。
この涙がかわいたら、きっとまた会いにいきます。
やっぱり俺はどんなカタチでも、あなたのそばに、いたいから。
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