バイオレーション(反則技) 前編

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ちらっと部屋の時計を見るともう深夜1時30分だった。 「おいでよ、セイ」 冬野さんに呼ばれて私は台所へ行った。 トマト食べたのバレた? 「トマトジュース買って来たんだ。そのまま飲む? 飲みたいならヴァージンメアリを作るよ。お店のスピリッツの量が、かなり減ってた。バラライカ、ダイキリ、ギムレット、マルガリータ」 「あ、あの、実は…」 「最後まで聞きなよ。セイ、今言ったカクテル。一回や二回じゃ作れなかったカクテルがあったんじゃないかって?」 「あ、えっと……」 「うまく作れなかったカクテル、せめて一口味見程度で、捨てたんなら、良いんだ。カクテル、8杯で合ってる?」 「ごめんなさい。ごまかすつもりはなかったんです」 冬野さんはきつい目で、私を見た。 「謝る前に、危ない事するなよ」 あ。 嘘。 いや、そうだよね。 怒るよね。 だって、こんなの立派な……無銭飲食だ。 否、危ない事? 私が俯いて冬野さんの顔が見れなかった。 「急性アルコール中毒になったらとか考えなかった訳」 冬野さんは、最初の静かないつもの雰囲気とは別人みたいに、今までになく怒っている。 冬野さんも、こんなに怒る事あるんだ。 普段、良い事も悪い事もいつも穏やかで、怒ったのを見るの初めてだし、怒られたのだってもちろん始めてだ。 「お店に迷惑かけるつもりは」 「だから、違うって。俺の店で急性アルコール中毒出されて困るなんて言ってないんだよ」 冬野さんは私の頬を両手で挟まれた。 「俺の為にムチャするなって。出来ないで、それで良かった。全部なんでもやらなくて良い。俺、気付い時、こわかったよ」 「ごめんなさい。私、夢中で」 「言い訳はなしだよ」 「はい」 「後、きつい時は、言ってよ。君、店で最後に俺に言いかけたけど。具合悪かったんだろ?」 「え? 違いますよ。あの時はまだ全然何ともなかったです。 たくさん飲んでごめんなさいって言いたかったんです」 「正気? 」 取り敢えず。 冬野さん、ずっと私の頬を両手でプレスしたまま、いつまで話を続けるんだろう。
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