空想

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空想

外に出ると雪風が吹き肩がヒヤッとした。 中央広場の凍った噴水の下でポロンッと落ちた ソリとトナカイのおもちゃを拾い上げた。 空を見るといつものように小さなサンタクロースの帽子が 雪と共に舞い降りてくる。 出会った頃の子供の時、あの日のグレー色の空と同じく。 思い出す。このソリのセットに出会った日の事を。 振り向いたトナカイはこう答えた。 「そのアンティークのおもちゃを作った職人は実は飛行機事故で 死んだ。このソリ用のサンタクロースとそのかぶる小さな帽子を縫 い上げソリの持ち主、つまり僕のご主人に届ける予定だった。 ご主人はクリスマスではない日も、よくミニはたきで綺麗にし てくれていた。日頃からさっき話した通り、空飛ぶ事を夢見て いた僕はやっぱり手綱を持ってくれる主がいて欲しくてなんとか気 持ちを伝える方法を考えていた。ちょうど週末に再放送のクリスマ スの映画がやっていて、ソリが飛ぶ瞬間を見計らってちょっと棚 から落ちてみたんだ。驚いていたけど少しなら酷く怪奇でもないか らアレ?って感じで直してくれた。それから暫くして夕暮れにどこか へ電話をかけていた。おもちゃにプレゼントをあげたい。制作され た意図とは変わってしまいますが当事者の身になるとやはり夢みる ものがあるような気がするんです。もらえなくても、もらいたい。 やっぱり皆にプレゼントをあげたい。喜ぶ顔がみたいみたいな。 長年いたせいか?(僕の勘違いかもしれないけど) 言葉では無理だけどご主人に気持ちが伝わったみたい。 お願いしてくれたんだ。 そしたら、そういうお気持ちなら私は喜んでそのお考えを受け入れ ますと言ってくれた。 でも悲しい事があって持って来れなかった。やってこれなかった。プ レゼントする予定だったサンタクロースもその小さな帽子も。 僕は本来のこのソリで出来る事、舞い上がり空を駆け抜け助けに行 きたかった。職人さん自体も優しい人で好きだった。 でも、出来ない。走らせる事ができる人がいないから」 息を呑む。まさかそんな悲しい背景があったとは。 空中のソリに座っている足の底が古びた板目の上で震え緊張に包ま れた。上空の空気の冷たさが肩を抜ける。 トナカイは赤い鼻を光らせながらジッと見つめてこう言った。 「その小さな帽子は君のものだサンタクロース。 小学校四年生の小さなサンタクロース。アンティークのソリの主。 手綱を握り、空を舞い、クリスマスを待つ皆にきらきら輝く プレゼントを届ける者」 今年もクリスマスより早めに雪が降った。 僕は手のひらの拾い上げたおもちゃを愛おしい目でみる。 「先に飛び上がっちゃ駄目じゃないか。主がいないのに。 いつも少し早いんだよ(笑)さあ帰って仕上げるよ。お話しを」 出会いの後、数年して家を出て、小説家になってからは クリスマスの短編小説を毎年書いている。 家族からなぜクリスマスプレゼントが貰えないかも今となっては理 解している。僕はサンタクロースの人形だからだ。ソリと同じ木で 出来た少し可愛らしい(自分で言うけど)人形。全ての事情がピッ タリとわかり、人生についてもう何もさみしい思いはない。誕生日 はもらえるけどクリスマスは僕が皆にプレゼントをあげる日なん だろうね。毎年、楽しみに待っていてくれている世界中の 読者へ向けてお話しを書く。正確に言うとクリスマスのお話しをオ ルゴールのように読み上げる事が出来る人形さ。空想グセのある人 形なんだ。 昔の僕みたいに貰えない人がいるならその人達からあげたい。 僕は一度死んだけどプレゼントを貰った。 命のプレゼント。 あの日、飛行機の外はクリスマスには、まだ少し早い雪が降ってい た。機内でラジオのクリスマスソングを聞いていた。 怖い事はよく覚えていない。 でも何かしたい事があった記憶はあった。 ハッキリ何かは思い出せないけど。決意したものがあった。 今年も舞い降りてくる小さな帽子を頭の上にのせてサンタクロ ースになる。手のひらのアンティークのソリとトナカイを抱きしめ 自宅へ戻り続き、ラストを書こうと思う。 …もちろんこの雪の空を少し飛んでから。 ふふ…昼の締め切りまでにはまだ少しあるから 早いけどちょっと近所まで飛んじゃおう。 ほらトナカイの赤い鼻が点滅し始めて… ヒンヤリと柔らかく白くて丸い雪を鼻の頭に乗せてきて。 終
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