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「そうだな、片思いだな」
雨宮が呟くようにそう言った。
そう言った雨宮の表情には、困ったような寂しそうな笑顔が浮かんでいる。
その顔を見た千紗子は、なぜだか心臓にチクンと小さな棘が刺したような気がした。
「相手にアプローチはしないんですか?」
と問う美香に
「いや、彼女には付き合っている男性がいるみたいだから邪魔するようなことはしたくないんだ」
雨宮は静かにそう言う。
「そんな…告げるだけでも、とは思わないんですか?」
美香にそう尋ねられた雨宮は、少し俯いて黙った後、顔を上げて口を開いた。
「彼女が幸せならそれでいいんだ。相手の男性とはうまくいっているようだし、俺は彼女が幸せそうに笑っている顔が好きだから、それを壊したくない。そのまま相手と幸せになるなら、俺の気持ちは黙っているつもりだよ」
そうはっきりと言った彼の姿が、千紗子の目に焼き付く。
「そうなんですね。でも、」
美香は一瞬間を空けて
「もしその彼女が幸せじゃなかったらどうしますか?」
と続けた。
「幸せでなかったら……」
そう呟いた雨宮と一瞬視線が交わる。
しかしその視線はすぐに外され、美香の方を向く。
そして力強く言い切った。
「もしその子が幸せじゃないなら、全力で相手から奪いに行く。そして俺が彼女を幸せにする」
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