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プロローグ
俺はいつものように、2丁目の「DISTANCE」で網を張っていた。
ここは靖国通り沿いの狭い一角にある、典型的な小さなバーだ。
扉の地味なプレートに店名が書かれているだけの、雑居ビルの1フロア。
敢えて目立たぬ店構えなのは、一部の趣味人が集う事を目的にしているからだ。
揶揄やネタでなく、マジでソレ系の情報を発信する雑誌などで紹介される店って言えば、解るだろうか。
客の大半は常連で、フリーなりカップルなりで店を訪れては、酒を飲みつつ平素被っている表の顔を脱いで、顔見知りと雑談に興じたり、恋人と睦言を囁き合っている。
店のマスターは、本人は「寡黙なバーテン」のつもりらしいが、口を開けば結構お喋りだったりするから、背は高いが威圧感とは無縁な気さくなタイプだ。
シックな雰囲気を意識しているが、意識しすぎてミーハーな所が逆に気楽で、店全体の居心地も悪くない。
特に、俺のような商売人が客を物色するには、最適のロケーションだ。
俺の商売とは、サビシイ夜にはロマンスと慰めを提供し、初心者には人生の愉しみ方をレクチャーして心づけを頂戴する、いわば一種のサービス業とでも言えばいいか。
昔はバーテンやらホストなんかを転々としてたが、毎日決まった時間に出勤するのが億劫で、2年ほど前からこの自営業をやってる。
マスターからは「ホストの方がマシ」と諭されているし、俺と顔見知りの常連達からは愛情を込めて「社会のダニ」と呼ばれているが、今のところそれらの苦言を拝聴する気は毛頭ナイ。
そして今夜もこの店で、カモ…じゃなくて、お客様を物色しているのだ。
実を言うと俺は現在、諸事情により経済的にかなり行き詰まっている。
ここらで次なる大口を見つけないと、顔役の借金取りにナマスに刻まれかねない。
店内には、俺に向けて秋波を送ってくる輩もチラホラいる。
でもその程度じゃ役不足だよ…、なんて思いながら俺はカウンター席で、チビチビとグラスの水割りを舐めていた。
そんなところへ彼が現れたのだ。
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