案ずるより産むが易し 1

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案ずるより産むが易し 1

 おかしい、なんでこんなに痛いんだろう。  今日行った病院で、私は「あと3日は大丈夫だから家に帰ってね」と先生に言われたばかりだ。  それなのに帰宅の途中で、この痛み。  これ、やばいんじゃない?  街路樹へ縋るようにもたれ掛かり、肩で息をする。  街は、クリスマスイルミネーションが煌びやかに揺らめき、どこか浮かれた様子で皆楽しそう。  そんな中、道の片隅で独り、痛みに耐えている。  時折吹く冷たい風が、あざ笑うかのように体温を奪っていく。  ぶるりと身を震わせ、冷やさないようコートの襟を立てた。  木にもたれ掛かった人なんて、酔っ払いにしか見えないのかも。  家まであと少し。だけど、やっぱり、病院に行かないとまずい気がする。  谷野夏希(28歳)と自分の名前が書かれた診察券を取り出し、病院に電話をして、これから行くことを伝えた。  タクシーを拾わなきゃ。  私は、痛みで朦朧(もうろう)とした意識の中、ボストンバッグを持ち直し、ガードレールの間からフラフラと、車道へと踏み出した。 「危ない! 大丈夫ですか」  イケボが聞こえ、たくましい腕が私を支える。  だけど、痛みが辛くって、イケボの顔を拝む余裕は無い。 「車道に出たら危ないよ」 「すみません。病院に行きたいので、タクシーを拾いたくて……」  肩で息をし、痛みせいで俯いたまま、言い訳をした。  そんな、私のあまりに辛そうな様子を見かねたのか、再びイケボが聞こえる。 「代わりにタクシーを拾います」  気の利くイケボのおかげで、私の前に一台のタクシーが停車した。「ありがとうございました」と、小さく呟きタクシーに乗り込むと、なぜか、イケボもタクシーに乗り込んで来る。 「?」 「このままだと心配だから、病院で看護師さんに引き渡すまで面倒見るよ」  ヤバイ!神降臨か!!  痛みを堪え顔を見上げると、イケボに負けないぐらいのイケメン。  はー。尊い。  と、思った瞬間、腰骨がミシミシと音を立て痛みが走る。 「いたっ! いたたたっ!」  顔を歪ませ、痛みを逃がそうと苦しい息を吐く。そんな私を心配そうにイケメンが支えてくれるが、次々に強い痛みが押し寄せて来る。  信じられない。こんなに痛いなんて……。  耐え難いほどの痛みに思わず、隣にいるイケボのイケメンの腕をギュッとつかみ、縋りついてしまった。 「大丈夫ですか? もう少しで病院だから」  イケメンの優しい声を聞いて、なんだか癒される。  なんて思っても、次の痛みがやって来た。お腹が引きつれ、ミシミシと骨盤が割れそうな気がする。 「だめ! もう、産まれるっ!!」 「ええっ! 産まれる? 妊婦さん? コートで隠れて、気が付かなかった。もう少し頑張って!」 「ううっ……」  タクシーが病院に着くと、電話連絡を入れていたおかげか、恰幅の良い看護師さんがストレッチャーを待機させ、仁王立ちで待ち構えていた。  タクシーから降り、ストレッチャーへヨロヨロと足を踏み出す。  すると、よっぽど私の足取りが危なっかしかったのか、イケボのイケメンが私の膝裏と腰に腕を回し、ふわりと持ち上げた。 「大丈夫? あと少しだから頑張って」  突然の出来事に一瞬痛みが消え去り、はわはわっと、うろたえてしまう。お姫様抱っこの状態でストレッチャーへと運ばれ、そっと下ろされた。  そんな、私たちの様子を見ていた恰幅の良い看護師さんが、一言。 「はい、パパさんは荷物を持って着いて来て」  恰幅の良い看護師さんの圧のある逆らえない雰囲気だ。もしかしたら、この看護師さんはこの病院の影の支配者なのかもしれない。 「え!?」  影の支配者(推定)である看護師にパパさんと呼ばれてしまったイケメンは、オロオロと戸惑っている。  痛みが辛いながらもこれ以上、イケメンに迷惑を掛けられないと思い、荷物を受け取ろうと手を伸ばした。すると、イケメンは、優しい勘違いをして、その手を握り返し励ましの言葉をくれる。 「大丈夫か? がんばれ!」  マジ、神かっ。  ああ、尊い!尊すぎるー!!  一瞬、痛みが飛んで行く尊さだ!  でも、痛い……。 「あー、意外に早く進んじゃったのね。あと3日は掛かると思ったのに」  看護師さんの暢気な声が聞こえた。  私にとって出産は初めての体験だけど、看護師さんは毎日の事。だから、慣れたものなんだろう。  でも、さっき来た時に入院させてくれれば、こんな事態にならなかったのに!と、恨みの籠った目で睨もうと思ったけど、痛みでそれどころじゃない。 「うーっ。ううっっ」  骨盤の割れるような痛みに耐えかねて、うめき声をあげる。 「あー、まだ、いきんじゃ、ダメよ。あっ、パパさんは、こっちで消毒してエプロンとマスク、キャップを付けてね」 「えっ?」  イケメンの驚く声が聞こえたが、もう、それどころじゃない! 「ほら、産まれちゃうわよ。パパさんは早くしてください!」 「ええっ? あ、あの……」  イケメンをここから逃してあげたいが、痛みで声も出せない。  ごめん、イケメン。 「大変、早くしないと産まれちゃうわ! パパさん、急いで!」 「えええっ! ちがいま……」 「パパさん!赤ちゃんが産まれるんですよ。急いでください!」  イケメン、マジ、ごめん!  この病院の影の支配者(推定)である恰幅の良い看護師さんの圧のある指示に、誰も異議を唱えられる雰囲気ではなかった。ましてや、手下と思われる看護師まで現れた。 「分娩室に急いでください」  ガラガラとストレッチャーが走り、分娩室に到着すると、待ち構えていた助産師さんの指示が飛ぶ。 「パパさん手を握ってあげて!」  イケメンの大きな手が、励ますように私の手を包み込み、ギュッと握られる。  見ず知らずの人なのに、ここまでさせて申し訳ないと思いながらも、ひとりじゃないと思うと心強かった。  お腹に取りつけられた機械から、ドクドクと赤ちゃんの心音が聞こえてくる。  なんとか、無事に産んであげたい。 「後少しよ、子宮口10cmまできたわ」  痛みで、声をあげると、繋いだ手に力が籠る。大きな手が私を励ましてくれていた。 「はい、いきんでいいですよ。目は閉じないで、顎引いて、息吸って、はい、いきんで!」 「うううっ」  おぎゃ──!! 「産まれました。元気な女の子よ。おめでとうございます」  助産師さんは手際よく生まれたばかりの赤ちゃんを産湯で洗い、小さな体に小さな産着を着せた。 「はい、抱っこして、パパとママと赤ちゃん、家族三人の記念写真を撮りますよー」  パシャ!!
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