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第27話 ルパート・ハント騎士爵
出迎えていたルパート・ハント騎士爵の挨拶を受けるため、ヴァイオレットはクラファの町の入り口で馬車を停めた。
「ドネリー子爵、ようこそお越しくださいました」
ルパート・ハント騎士爵が馬車から下りたヴァイオレットに片膝を突き右手を左胸に当てて頭を垂れる。
「出迎えご苦労様です」
臣下の礼を取るルパートにヴァイオレットが鷹揚に微笑む。
堅苦しいのはそこまでだった。
直ぐにヴァイオレットが砕けた口調でルパートに話しかける。
「出迎えは必要ないと言ってあったのに」
「予定の時間になっても到着しないどころか、先触れの使者もこないからね。心配で屋敷でのんびりなんてしていられないさ」
傭兵団の襲撃とその後の対応で中途半端に時間を取られたことで予定よりも半日遅れの到着だった。
何か予定外のことでもあったのか、と聞くルパートにヴァイオレットが何でもないことのように言う。
「途中、大規模な襲撃に遭ったのよ」
「大規模な襲撃?」
驚きの声を上げたルパートが、ヴァイオレットの護衛と随行してきた関係者を見ながら言う。
「それでこんなに数が少なかったのか」
レイトン隊長に向けてルパートが「ヴァイオレットを守り抜いてくれたことに礼を言うよ」と声を掛けた。
襲撃者たちと一戦して撃退したが相応の被害を受けたと勘違いしたようだ。
「恐れ入ります」
レイトン隊長は短く答えるとそれ以上は口をつぐんだ。
「心配には及ばないわ。こちらの損害は皆無だから大丈夫よ」
「え! さっき、大規模な襲撃って言わなかったかい?」
ヴァイオレットの言葉にルパートが心底驚いた顔で聞き返した。
そして一人納得したようにうなずいて言う。
「そうか……、襲撃者を撃退したんだね」
「いいえ、全滅させたわ」
「何だって!」
掛け値なしで驚いたようだ。
先ほどのまでと違って驚きの表情に嘘くささがない。
「全滅させたわ」
ルパートの反応を楽しむようにヴァイオレットがゆっくりと言った。
「まさか……全滅だなんて、あり得ない……」
大丈夫か、こいつ。
襲撃者の規模も伝えていないのに「あり得ない」とか口にしている。
狼狽えるルパートにヴァイオレットが子どもらしい笑顔で小首を傾げる。
「どうして?」
「いや、だって……、大規模な襲撃に遭ったって……」
「そうね」
ヴァイオレットは余裕の笑みを浮かべて俺に問いかける。
「ダイチ、襲撃者は何人だったかしら?」
「七十二人だ」
「結果は?」
「六十六人が戦闘中に絶命。一命を取り留めた六人もレイトン隊長により斬首だ」
ルパートの視線がレイトン隊長に向けられた。
「七十二人の襲撃者を全滅させただって!」
「事実です」
「バカな……」
その短い回答にルパートが目眩を覚えたようによろめく。
ヴァイオレットが楽しそう聞く。
「どうしたの?」
「いや……、君が無事で良かったよ」
「食い詰めて他国から流れてきたような野盗よ。そんな連中なら百人集まったって怖くないわ」
狼狽えるルパートを眺めながらヴァイオレットが楽しそうに高笑いをした。
「食い詰めた野盗か……。そんな連中が幾ら集まったところで本職の騎士の敵じゃあないか」
直前までの狼狽した様子はもう感じられない。
爽やかな笑顔を張り付かせていた。
「壊滅させたのは彼よ」
ヴァイオレットが「ねー、ダイチ」と微笑んだ。
ルパートは何を言っているのか分からないといった様子でヴァイオレットと俺を見た。
彼の視線がヴァイオレットと俺との間を行き来する。
いい感じに混乱をしているのが手に取るように分かる。
「初めまして、傭兵団を壊滅させたダイチ・アサクラです」
「彼はあたしの身辺警護を担当するの、憶えておいてね」
「ルパート・ハントだ……。本当に君が一人で……?」
「信じられないのも無理はありません。俺って弱そうに見えますからね」
七十二人の傭兵団相手だ。
強そうとか弱そうとかの見た目の問題じゃないのは俺も分かっている。
「いや、そう言う意味じゃないんだ」
「Cランク魔術師です」
「Cランクだって? からかわないでくれよ」
七十二人の傭兵団を壊滅させるCランク魔術師なんているわけがないだろ、とその目が語っていた。
「本当よ。ダイチは何ヶ月か前に魔術師ギルドに登録してCランク魔術師として認められたのよねー」
魔術師ギルドに登録した初年度はCランクが最高となる。
それは取りも直さず、それ以上の実力があることとどの程度の実力があるのか測れないことを物語っていた。
ルパートもそのことを一瞬で理解する。
「そうか……、登録したばかりか」
険しい表情だ。
ヴァイオレットの方が彼よりも役者が上のようだ。
「生け捕りに出来たのが六人だけだったから、ろくな尋問も出来なかったのよね」
「尋問したのか!」
ため息を吐きながらのヴァイオレットの言葉にルパートが過剰に反応した。
襲撃者の内訳よりも尋問したことの方が気になるようだ。
「ええ。襲撃者のボスとあとその他五人にね」
「ボスだって……?」
息を飲むルパートに彼女が微笑む。
「野盗にボスがいてもおかしくないでしょ?」
「そうだね。よくボスを捕らえられたと思ってビックリしただけだよ」
「ボスを捕らえられたのは偶然よ」
「それで、ボスからは何か情報を仕入れられたのかい?」
顔面蒼白だ。
「尋問はしたけど、大した情報は得られなかったわ」
悔しそうにするヴァイオレットからレイトン隊長へとルパートの視線が移動した。
レイトンは彼女の言葉を肯定するように小さくうなずく。
ルパートの表情に一瞬だが安堵が浮かんだ。
「それは災難だったね。今夜は屋敷でゆっくりしていってくれないか? ささやかだけど食事も用意したんだ」
「ごめんなさい。あたしの食事の用意は全てダイチに任せているの」
「護衛が食事の用意を?」
「まさか、また毒が盛られたのかい?」
毒殺未遂のことはルパートも知っていたので当然の反応だろう。
心配するような顔の彼にヴァイオレットが返す。
「ええ。だから夕食をご馳走になるわけにはいかないわ。でも、どうしても、というなら、ダイチが用意した食事を一緒に頂くのはどうかしら?」
予想もしていなかった彼女の提案にルパートが固まった。
晩餐会の食事を俺が用意する。
これは直前にヴァイオレットがあった提案だ。
素直に受けるか、毒殺を警戒して躊躇うか見物じゃない? と。
「ダイチの料理はとても美味しいのよ」
無言でヴァイオレットを見つめるルパートに彼女が聞き返した。
「護衛の作る料理か……」
「異国の料理よ」
「異国……? なるほど、それで」
俺の外見がこの地域の人たちには見られない容貌であることに納得したようにうなずく。
「どう? 異国の料理を堪能してみない?」
それなら夕食を受けるわよ、と。
「それは楽しみだ」
強ばった表情のルパートが承諾の言葉を発した。
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あとがき
■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有
2022年2月27日発売の「電撃マオウ4月号」よりコミカライズ連載開始いたします
漫画:隆原ヒロタ 先生
キャラクター原案:ぷきゅのすけ 先生
原作ともどもよろしくお願いいたします
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