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カプリコ
イルミネーションで彩られた街を往く。今日は、クリスマスイヴ。夜になると混んでしまうからと、ふたりで開店時間ぴったりにチキンとケーキを買いに出た。それでも二~三人並ぶ程度には混んでいて、朝来て良かったと笑い合う。
「和司。ついでにスーパー寄って行かないか?」
「え。雄大、クリスマス用品は全部ネットスーパーで揃えたって言ってなかった?」
「料理の材料は揃えたけど、おやつを忘れてた。アイスと、チョコかなんか、買っていこう」
「うん」
三月に告白されて、付き合ってから初めてのクリスマス。雄大とはお隣さんの幼馴染みで、小さい頃からいつも一緒だった。「男の俺から見ても、惚れ惚れする色男なのに」なんて、なかなか彼女を作ろうとしないのをからかっていたのに。背も高いイケメンの雄大に比べて、俺は平々凡々で彼女のカの字もなかったから、一学期にひとりは告白されるのに断り続ける雄大が不思議でしょうがなかった。まさか、物心ついてからずっと、俺に片想いしてたなんて思いもせずに。
いつもは行かないスーパーは、クリスマスのオードブルなんかが美味そうだったけど、欲しいとは思わない。雄大の作る飯は絶品だったから。
「お。懐かしい」
チョコレート菓子ばかりを集めた棚があって、しばらく見かけなかった大好物を手に取る。カプリコだ。
「そうだな。和司、それ好きだったよな」
駄菓子の棚もあったから、よっちゃんイカを大人買いして店を出る。俺はエコバッグからカプリコを出し、さっそくかぶりつこうとした。
「あ、待った!」
「ん?」
「顔ついてる。面白いな」
「お。ホントだ」
雄大が、可笑しそうにぶふっと噴き出す。
「ん? そんなに面白いか?」
離してみたりして眺めるけど、噴き出すほど面白いとは思えない。そうしたら、雄大が笑いながら呟いた。
「和司みたいだ」
「は? 何処が?」
「告白したときの。目ぇ回して、キョドって、真っ赤になってた」
「なっ……!」
思い出してしまった。ホワイトデーに手作りクッキーで告白された時、俺は嬉しいような困るような恥かしいような気持ちが入り交じって、言葉が出てこなかったことを。優しくうなじを掴まれて、マスク越しにしたキスが、お互いにファーストキスだった。
あれから、十か月。世の中はマスクとソーシャルディスタンスとリモートワークが当たり前になって、ふたりきりになれる機会は全くなかった。でもクリスマスに合わせるように雄大がひとり暮らしを始めて、今夜は初めてのふたりきりだ。束の間忘れていたドキドキが、痛いほど身を焦がす。ごまかすように、俺は無言でカプリコを頬張った。
「今夜も、見られるのかな」
「ん?」
「そのカプリコみたいな顔。……濃厚接触、するから」
「っ、ゴホッ!」
「ふふ。今見られるとは思わなかった。優しくするから、安心してな」
「ケホッ……雄大! 面白がってるだろ!!」
「はは。バレたか」
「待て!」
雄大が、アパートの方へと路地を曲がる。走って追いかけて――不意に、立ち止まって待っていた雄大に、驚いて急ブレーキで止まる。もう何度したか、マスク越しにキスされた。
「Mary Xmas。和司」
「お……おう」
雄大が切れ長の目を優しく細めて、体温が一℃上がるのを意識する。俺……本当の意味で、雄大と恋人になるんだな。アパートまでの二百メートルは、人通りの少ない路地裏だった。
「ん」
「ん?」
俺はぶっきらぼうに、雄大の右手を握る。こいつの右側に、いつまでもずっと……居られると良いな。雄大は吐息で少し笑ったけど、もうからかいはせずに、指を絡めてキュッと握り返してくれた。
End.
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