序章

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序章

   火を見るのが好きになったのは5歳のころだった。  学生服姿の兄に連れられてみた夏祭りの火が美しくて、あそこの中心は何だろうと考えてみた。あそこで燃える中に入ってみたい、あの中に何かを入れて燃やしたいと兄にいうと、そう考えてはいけないと嗜められた。 「お前の名前には火が入っているからな。名は体を表すのかもしれない」  そう呟き、兄は俺の手を引いて火の側から離れた。もう少し見たかったけれど、兄の手を払うことはできなかった。  生活の中には火を使う機会があまりない。住んでいるマンションはガスコンロではなくIHだった。停電をしても、電気のランタンや懐中電灯を使う。両親の墓参りで線香を上げるときも、仏壇の蝋燭を灯すときも、兄が率先してライターを扱った。幼い俺が危ないから、というのもあっただろうし、兄はそういう発言をした俺から火を遠ざけたかったのかもしれない。  その後、中学2年生の時に、図書館で吃音症の男が金閣寺を燃やす幻想に取り憑かれる物語を読んだ。読んだ瞬間、頭に変な具合に痺れが走った。大事な何かを忘れているような感覚にも陥った。それでもページを捲る手が止まらなかった。湧き出たのは、吃音症の男に対する親近感だった。彼の気持ちが、少しだけ理解ができる気がしてしまった。  山奥のキャンプ場で焚き火を覚えたのも中学の時だった。合法的に火を扱える場所を探したら、地元のキャンプ場にたどり着いた。兄には話さなかった。話しても理解されない気がした。  炯々とした火を見ると不思議と安心して、「金閣寺」を読んだ時の奇妙な感覚を再び思い出した。火の中心に何かがある。その何かを見つけたかった。  誰かを殺したいわけじゃない。  ただ誰かを美しく燃やしたいと思った。
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