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シャッター音が聞こえた方向を見ると、大きなカメラを首から下げた髭面の大男がニタニタと笑っていた。
……どこかで、見た顔だな。
「やや、春日井さん。偶然ですね~」
ペンネームで親しげに話しかけられたが、この男は一体誰だっただろうか?
「すまない、君のことをすっかりと失念している。素性を明かしてくれると大変助かるな」
「ええ? つい先日の受賞者会見でお話をしたじゃないですか」
「……ああ、」
不愉快な記憶が甦る。
俺の結婚について色々と不躾に聞いてきた週刊誌記者だ。
「いやぁ、春日井さん。急な結婚宣言に驚いて色々と疑ってしまいましたが、本当に奥様がおられたんですね」
「そんなことで嘘をついてもしょうがないだろう」
指輪のカタログをバッグへと仕舞う。
この男、何がしたいんだ? 矢い子さんと俺のツーショットが撮りたいのか? むしろもう撮られた後なのか?
…………ん? 矢い子さんとのツーショット?? え、何それ。そんなの持ってないんだけど!! ほしい~!! 言い値で買う~!!
「まさかこんなにお美しい奥様だとは露知らず、やぁ大変お似合いの夫婦ですねぇ。ちょっとお話を聞かせて下さいよ」
「いや、今日は忙しいんだ。遠慮しておく」
とか言っても、きっと何やら適当な記事を書かれてしまうのだろうな。はぁ、後でセイジョに言っておこう。
……ああ、そういえば。
「君、妻の顔は分からないようにしてくれるんだろうな? まぁ加工しても彼女の天使かわいさは誤魔化すことは出来んだろうが」
兎に角、俺のことで矢い子さんに迷惑をかけてはいけない。……撮られた時点で迷惑をかけているが。
「いやぁほんと、麗しい方ですね。モデルさんです? まさか女優さんとか? もしかして外人さん?」
「いやだから天使だと言って──?」
ふと髭男の視線の先を見ると、トーマルの姿がある。
「……なんだ? 何故さっきからこちらを見て話すんだ? 野郎に見つめられても腹立たしいだけなんだが?!」
慌てふためく俺の友人(男)を、記者(男)はデレデレと見つめている。
……あ、なるほど。これは教えておいてやるか。
「……君、そこの色素が薄い彼は俺の友人で歴とした男だぞ」
「……え?? お、男??」
あんぐりと口を開けて固まる記者に、自分が女に間違えられたのだとやった気がついたトーマルが捲し立てる。
「男のぼくを女の子と間違えるだなんてありえないだろ! 全女の子に今すぐ謝れ無礼者! このぼくのどこに彼女らの様な魅力があるというのか。ああ、女の子はとても素晴らしいな。一人一人が違って、それぞれに個性があって大変愛おしい。老いも若きも女の子は尊いものだ。まったく、女の子って最高だぜ!!」
トーマルの熱いトークに記者は完全に飲み込まれている。
そうこうしていると、店から矢い子さんが出て来た。彼女のことを隠すようにして俺はそそくさとその場を立ち去った。
ありがとうトーマル。お前のおかげで無事脱出できた。あと、バイトへは遅れるなよ。
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