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「わ、私が一緒にお酒を飲みたいのは」
「…」
「先輩…だけだから…」
「…」
「…だからその…別に狩野さんのことは…」
勢い余って言ってしまったのはいいけれど、途中からかなり攻めた発言をしていたことに気付き、しりつぼみになる。
先輩が上目がちに真っ直ぐ見据えてくるから、視線が泳いでしまう。
「…姫乃」
「あ、はぃ!」
名前を呼ばれ、慌てて返事をしたら声が裏返った。恥ずかしさのあまり、ファイルで顔を隠そうとしたけれど、先に先輩が小さく手招きをしたから、怪訝に思いながらも恐る恐る一歩距離を詰める。
「なぁ、また呼び方戻ってね?」
「えっ、あれ、ほんと?」
唐突にそう問われ、自分の発言を思い出す。…言われてれば、“先輩”って呼んでしまっていたかも。
「ご、ごめ」
「いや別にいーけど。てか、もう少しこっち」
「え、せんぱ、」
突如腕を引かれ、つんのめるようにまた一歩先輩に近付く。ぐっと距離が近くなり、先輩の顔が息がかかりそうなくらいのところにある。
先輩はスツールに腰を掛けているから私が見下ろすような形で、綺麗な形をした切れ長の目と視線が絡む。ファイルを持っているから咄嗟に手を出すことも出来ず、代わりにぎゅっと目を瞑った。
───キスをされる。そう、思った。
けれど、いつまで経っても唇に熱が触れない。
恐る恐る目を開ければ、先輩はぱっちりと目を開けていた。そしてその視線は、私の目より、少し上にあった。
訳が分からずきょとんとしていると、先輩の手が急に近付いてきて、その指先は私の前髪に触れた。
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