2020クリスマス短編

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バニラ、苺、チョコレート。水色のはソルベ。緑のは・・・・・・。 ワゴンにずらりと並んだ色とりどりのジェラートを見ていると、スイーツの類に疎いフランツでも、気持ちが浮き立ってきた。 前に並んでいたカップルが頼んだジェラートを受け取ると、フランツの番が回ってくる。 「バニラとソルベ。あと・・・・・・。」 恋人と公園にデート。加え、ワゴンでジェラートを買った経験なんてない。 いざ、注文する時になった途端、緊張して、頼まれていた種類の名前が頭から抜け落ちてしまった。 「それと、それ、ください。」 瞬時に頭を絞って考えても思い出すことができず、焦ったフランツは直接ジェラートを指差して注文する。 中年の店員はフランツの狼狽など気にならない様子で「はいよ」と愛想のいい笑みを浮かべて、頼んだジェラートを専用のスプーンで掬い始める。 なんとか注文でき、思わず、溜め息が零れた。 後は、品物を待つばかりだ。 胸を撫で下ろしたフランツは今度は先ほどより落ち着いた気分で、ジェラートを眺めてー。 その時、ジェラートの脇にそれぞれ種類が書かれたラベルが貼ってあることに気付いた。 爽やかな初夏の風が木々の葉を揺らす。 そのさざめきに混じって、公園を走り回る子ども達の笑い声が響いた。 無事ジェラートを手に入れると、フランツは恋人の待つベンチに向かって歩き出す。 両手にそれぞれのジェラートを、一つずつ。 これも初めての経験だ。 なんだか酷く不釣り合いな物を持っている気がしてならない。禿頭のいかつい男がーーー“元”殺し屋の自分がーーー、真っ昼間の公園をジェラートを持って歩いているなんて、昔の自分は想像できただろうか。 ワゴンのある広場の中央には噴水がある。 その噴水の裏側。空に向かってまっすぐ伸びた杉の木の下のベンチに恋人であるエルシェットが座ってフランツを待っていた。 が、その様子がどうもおかしい。 胸騒ぎを覚えたフランツは足早にエルシェットの元に近付いた。 エルシェットはベンチに座ったまま、口元に手を当てて、がっくりと項垂れている。時折、細い背中が小刻みに震える。 嫌な予感がするー。 目深にかぶったフードの下の顔を覗き込み、フランツは息を呑んだ。 ーーー夥しい量の涎ーーー。 口を覆った右手だけでは抑えきれないほどの涎が、白い手首を伝い、地面にぼたぼたと滴り落ちている。 エルシェットは目を見開いて、浅い呼吸をしずかに繰り返していた。 まるで、何かにーーー、人間のフランツには分からない恐怖に怯えているようにーーー。 ーーーまぁ、こんな光景もーーー。 恋人の魔物を持ってからは、当たり前のものになった。 胸に広がる不安は拭い去ることはできないが、こうなってしまった時にどうすればいいかは心得ている。 フランツは背を屈めると、青ざめた顔のエルシェットにずい、とジェラートを差し出す。 ここで、フランツがいることに初めて気が付いたらしく、エルシェットはびくりと顔を上げた。 見られたくない姿を見られてしまった、とでも言うように、青い目が揺れる。 “食人衝動”なんて、物々しい名前の症例の裏にいるのは、弱くて、そのくせ、欲深い哀しい生き物だ。 「お待たせ。 溶ける前に食っちまおう。」
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