吉田さんはあまのじゃく。

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吉田さんはあまのじゃく。

 埃っぽい部屋の片隅で静かに眠る吉田さんを眺めながら、自分も寝てしまいたいという衝動に駆られる。でも流石にそういう訳にもいかない。気を紛らわす為に何か別の事を考えようか。そもそも彼女とよく話す様になったのはいつからだっけ。……そうだ。確かあれは何年か前、中学の国語の授業の時だったと思う。  当時僕たちの学校の国語の先生は新人という事もあってか変わった授業を行う事が多かった。文章力を培うという名目で映画のワンシーンを見せられて原稿用紙にそれを描写させられたり、想像力を養うという名目で写真を一枚見せられて短歌を書かされたり、そんな事を沢山した。その授業で文章力や想像力が実際に成長したかは分からないが、同じ課題で書いているのに生徒それぞれ目の付け所が違ったり、描写の仕方が異なっていて友達同士で見比べるのはそれなりに楽しかった。  その先生の宿題で作文を書く事があった。題目はたしか「行ってみたい場所」。僕の書いた作文は、前日の夜にテレビで放送されていた旅番組を参考にしながら書いた為に旅行企画書の様な代物になった。  先生は大抵適当な列を指名して前から順に生徒に発表させる。その時は一つ隣の列に白羽の矢が立ち、自分は当たらないなと安心して発表を聞いていた。同級生たちも北海道だとかハワイだとか知っている観光地を挙げた似たようなものだった。何人かの生徒が読み上げていく内に隣の席から消えそうな「まずいなぁ」と言う声が聞こえた。  それが吉田さんだった。彼女は自分の机の上に置いた原稿用紙を眺めながら険しい顔をしていた。僕は宿題をし忘れたのかと思ったがどうやらそういう訳ではないらしい。吉田さんの原稿用紙には小さな字でびっしり書き込まれているのが横からでも見て取れた。彼女はしばらく原稿用紙と睨めっこした後、諦めたように原稿用紙を二つ折りに畳んで机の中にしまった。そうこうしている内にも彼女の読む順番は近づいている。 「どしたん?」  僕は妙に気になって小声で話しかけた。 「ん……ちょっとね。間違えた」  吉田さんも小声で返してくる。 「え、どうすんの」 「忘れた事にしようかな」 「怒られるよ」 「まぁね」 「……これ代わりに読む?」  僕は自分の原稿用紙を指差した。 「いいの?」 「別に提出する訳じゃ無いし。字汚いけどさ」  先生に見つからない様に隙を見て、原稿用紙を手渡した。 「ありがと。助かる」  まだ吉田さんの番までは何人かいるし軽く目を通す時間くらいはあるだろうと思った。ところが前の席の奴がかなり短めの作文ですぐに彼女の順番が回ってきてしまった。内心僕は大丈夫なのかと凄く不安だった。でも彼女はスッと立ち上がり僕の作文を堂々と読んだ。僕が書いた文章のままだとバレると思ったのか語尾を変えたり多少のアドリブを加えながら。彼女がアドリブで発表していると分かっているのは僕だけだ。そう思うと妙な緊張感があった。僕の心配を知ってか知らでか彼女は淡々と作文を読み上げた。その後何事も無かったように授業は進み、小さな不正に気付く人は誰一人いなかった。  
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