いなかへ

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いなかへ

「じゃあ、いつまでもそこにいな。お姉ちゃん帰るからね」  由岐はそう言って、雪を踏みしめ児童公園を出ていく。 「おねえちゃん! やだ、置いてかないで!」  一年生になったとは思えない鼻にかかったひなの泣き声に、由岐はため息をひとつ吐いて振り返った。だが、そこには一面の雪が広がっているだけで、ひなの姿は見えなかった。 「ひな、ふざけないで。ほんとうに帰るよ!」  そこここに作られた雪山、大人よりも大きな雪だるま。この街ではめずらしい二十年ぶりの豪雪に皆狂喜して、昨夜から今日の昼まで公園内には様々なものが作られていた。  由岐とひなも小さな雪うさぎや大きな雪山を作って、午前中いっぱい遊びつくした。  由岐はお腹が空いていた。けれどひなはそんなこと知らずに、まだ遊びたいとだだをこねた。 「ひな! ほんとうに置いていくからね!」  返事はない。姿も見えない。由岐は怒って両手をぎゅっと握りしめると家に帰って、母が作り置きしてくれた昼食を一人で食べた。  ひなは、帰ってこなかった。  夕方、由岐はひなをさがしに公園へ行った。ぐるりと周った公園の中、ひなはどこにもいなくて、けれどひなの長靴の片方が雪山のそばに落ちていた。  両親は夜遅くまでひなを探し続けた。まだ小学五年生の由岐は、暗くなるとすぐ家に帰された。  ひなの小さな長靴を抱きしめて由岐は小さくなって震えていた。お腹の中に重い石が詰め込まれたようでトイレに行って何度も吐こうとした。けれど由岐の口からは何も出てきてはくれなかった。  ひなの遺体が児童公園の真ん中、雪に覆われた落とし穴から発見されたのは翌日の昼のことだ。ひなが落とし穴の罠を踏んだ時に近くの雪山が崩れてひなの体を隠したのだという。  ひなのお葬式の日、由岐はひなの長靴を握りしめていた。ただじっと、長靴を見つめていた。両親は大声を上げて泣いていた。  けれど何も、由岐からは何ひとつ出てくるものはなかった。
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