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――最近、私はとても苦しい。その理由はよく分からない。
骨董品店『蔵』のドアベルが、カラン、と鳴った。
カウンターの中で本を開いたまま、ぼんやりしていた私――真城葵は、我に返って扉に顔を向ける。
「お、お邪魔します」
親友の宮下香織だった。店に足を踏み入れ、遠慮がちに店内を見回している。
「いらっしゃい、香織。今日は私一人で留守番だよ」
「葵の姿しかないから、そうやと思た」
香織はホッとした様子で、カウンターに腰を下ろし、私の手元の本に視線を落とした。
どうやら、外から様子を窺ってから、入って来たようだ。
「おっ、ニューヨークに向けて英会話の勉強してたんや?」
私は、うん、と頷く。私が見ていたのは、英会話の本だった。
「翻訳機は、ホームズさんが用意してくれたんだけど、ちょっとでも勉強をしておこうと思って」
「えらい」
「えらいってほどでも……。今からがんばっても、さほど身につかないだろうし、結局は焼け石に水になってしまう可能性の方が高いんだけどね」
海外には、以前から興味を持っていた。
憧れを胸に抱いていた、と言っても良いかもしれない。
ホームズさんがオーナーとともに海外に行く様子を目の当たりにしては、『いいなぁ』と思っていたのだ。
だから、それなりに英語の勉強はしてきたのだけど、本格的に始めたわけではない。
こんなチャンスに恵まれるなら、英会話教室に通っておけば良かった。
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