《131》

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「珠」 光秀は呻きながら、娘の名を呼んだ。もう一度だけ、最期に会いたかった。今は亡き妻の面影を娘の中に見つけたかった。 兵たちの声、甲冑が擦れる音、どこかから聞こえている獣の鳴き声、すべての音が遠いものになっていく。落武者狩りの集団が光秀の回りに集まってきた。とどめを刺すのだろう。秀吉に私の首を渡せば、こやつらはいかほどの銭を得るのだろう。薄れゆく意識で光秀は栓無きことを考えた。突如、光秀を囲んでいた落武者狩りの集団が棒のように倒れた。  光秀は霞む視界に自分を囲む新たな人影を見た。正確に数はわからないが、随分な大人数に見えた。百人近いように思う。最初の落武者狩りの集団は一人残らず、光秀の回りで屍体になっている。  一つの人影が光秀に近づいてくる。右足を引きずった不自然な歩き方だった。この者を見たことがある。思い出そうにも、光秀の意識はほとんど途切れかけていた。 「明智光秀、このまま死なすには惜しい男よ」 足を引きずる人影が光秀の前で止まり、声を発した。その声は、かなり遠いものとして光秀の耳に聞こえたが、間違いなく聞き覚えがあった。  誰であったか。突かれた脇腹から腸が漏れ出ている感覚があった。光秀は眼を開けていられなくなっていた。 「連れてゆけ」 聞き覚えのある声がまた聞こえた。足を引きずる人影が周囲に指示を出しているようだ。話し声が遠くなり、やがて光秀の耳には何も届かなくなった。
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