《131》

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 川が流れていた。その向こうで室町幕府第13代将軍足利義輝が光秀に手を振っていた。朝倉義景もいる。松永久秀の姿も見えた。皆、穏やかな表情だ。川の向こうに行けば楽しいことが待っている。それは間違いのない事であるように思った。光秀は2歩、3歩と川に歩み寄った。川の向こうを改めて、見た。ふいに、穏やかだった故人たちの表情が歪む。足利義輝の背中が血を噴いた。朝倉義景の首が飛んだ。松永久秀の体が頭蓋から真っ二つになる。  光秀は川に向かう足を止めた。川の向こう、返り血で真っ赤になった信長が太刀を右手にぶら下げて立っていた。  “このまま、秀吉にやられたままで終わるか、光秀”。信長の甲高い声が光秀の耳をつんざいた。  “私と秀吉では器が違い過ぎる”。光秀は応えた。“天下人とは、きっとああいう男がなるものなのだろう。信長よ、もう私は疲れたのだ。その川の向こうで休ませてくれ”  “確かに、お前は天下人にはなれぬな”。信長が言った。もはや、光秀は何の感情も湧いてこなかった。完全に格付けが済んだのだ。たとえ百度挑もうと秀吉には勝てないだろう。 “だがな、光秀。秀吉に勝てるかもしれぬ者が一人居る”。光秀は信長の眼をじっと見つめた。湖面のように深い色をした瞳に光秀の眼は釘付けになった。“急いでこっちに来る必要はない”。言って信長が背を向けた。“天下人としての器がないなら、別の器に入ってしまえばよいのだ。お前の夢見たもの、あきらめるのはまだ早いのかもしれぬぞ”。  信長が遠ざかっていく。
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