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 八月十六日の夜、母は玄関先で地面に置いた素焼きの皿の上にオガラを積み上げていた。白が目立つ髪に丸くなった背中が年齢よりも老けて見せていて、私はため息を一つついた。  隣にしゃがんだことで、やっと私に気がついた母は、少し呆れたような顔をした。 「まあ、そんな格好でいいの?お父さんの初盆なのに」  木のサンダルに部屋着のままの私は、母に白い目を向けた。 「母さんこそ、わざわざ着替えたんだ。あんな奴の為に」 「まあ、色々あったけれど。死んでしまったしね」  母は、安物だが手持ちの中では一番マシな夏のワンピースを着て、手にライターを持っている。その姿を見て、私は心の底から母に呆れ、死んだ父に対して嫌悪を募らせた。  私の様子に気がつかず、オガラの山にライターを近づけている母だが、少し風があるせいか火がうまくつかない。私はポケットに入っていた折り畳んだ紙を母に差し出した。 「これ使って」 「ありがとう⋯⋯って、これ、何か書かれているわよ?」 「でもいらないから。燃やして」 「そう。じゃあ遠慮なく」  母は、燃やしやすいようにクチャクチャに丸めて、オガラの山に紙を放り込み、そこへ火をつけた。  私は燃えていくオガラを見つめながら、心の中の怒りを鎮めようと努力していた。  先程まで、夏前に死んだ父の部屋を片付けていた私は、戸棚の奥から封書を見つけていた。私と母に向けた書かれた父からの手紙だった。病院からの一時帰宅の時に仕舞ったのだろうが、許してくれや何もできなくてすまないと言った懺悔の言葉が書かれていた。  父は私が幼い頃に事業に失敗したらしく、気がつけば部屋に引きこもっていた。たまに出てきては酒を飲み、暴れ、命令し、根拠のない持論を語ることで私達を振り回した。貧しさとお前の為という父の行動は、素直だった幼子をズタズタにし、ボロ布のような心を抱えた大人の私を創った。母は、父の愚かな言葉を捨てられず、今でも気づかず傷つき続けている。  病に倒れた父は、醜さに拍車をかけて私達に縋り付き、泣き付き、暴言を吐き、駄々をこねた。死んだ後も、葬儀や手続き、父が生前行わなかった方々への根回しなど、何もしないどころか今も私達から奪いつづける。  何故、たった数枚の紙切れで許されると思うのか。反吐が出る。 「ああ。もう燃え尽きてしまうわね」 「そうだね⋯⋯あっ、念の為に灰の上にかける水、持ってきてくれない?火が残ってたら危ないし」  残り火が微かに残るだけの皿を、寂しそうに眺める母に、私は思いついたように言った。 「もう、仕方がないわね。お皿見ててね」  よっこらせと立ち上がり、母が家の中に入ったことを確認した私は、皿を持ち上げて全ての灰を地面に落とした。その上を、サンダルで踏み付け、残り火を消していく。  微かに上がる煙りを見ながら、私は思う。  これがお前への返信だ。お前の言葉など、私はいらない。
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