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「お前が頼りだよ、サフィード。国からぼくについてきてくれた者は、セツとお前の二人だけ。どうかぼくを助けてほしい」
「この命に代えまして⋯⋯! 必ずやイルマ殿下をお守り致します!!」
感激したらしいサフィードは、真っ赤になっていた。ぼくの手を握り直して、まさに涙を流さんばかりだ。
乳母は言った。
よろしいですか、イルマ様。
当てが外れた時にも、人間腐ってはなりません。一つのことにこだわらず、さっさと他の道を探すのです。
まずは国に帰って、大臣たちや父上と今後を話し合おう。慰謝料の額も確認しなければ。
ああ、そうだ。先にロダナムの大使への根回しも十分にしないと。
金勘定に走り始めたぼくを現実に戻すかのように、セツが言った。
「イルマ様。まずは、その手をお放し下さい。サフィード殿が倒れます」
はっとして手を離すと、大きな騎士の体がぐらりと揺れた。
「ちょ! サフィード、しっかりして!!」
「まさか、こんなに早く国に帰る話が出るなんて」
豪奢な客室で、セツが新たなお茶を淹れながら、ため息をつく。
ぼくは、無言のまま次々に書類を仕上げていた。
事の次第を書状に纏め、概算で請求金額をあげていく。
「よし! これで大丈夫だ」
「相変わらずですね。財務大臣が実は一番、殿下が嫁がれることを嘆いておられたんですよ。ご存じでしたか?」
「ええー、知らないよ。ちっともそんな様子なかったと思うけど」
「結納金に目が眩んでいらしたんですよ。大臣の侍従が、殿下を何としてもご自分の部署にお迎えしたいと叫んでるって、言ってましたからね」
そうだったのか。
王族と言っても、跡継ぎ以外は、結婚で国を出るか自国で働くかだ。資源もない小国は、王子だって働かなきゃやっていけないのだ。
でも、財務大臣のところは、やることが多そうだから嫌なんだよな。
「あー、セツの淹れてくれるお茶は美味しい!」
ぼくの唯一の楽しみはお茶だ。
セツが上手に淹れてくれるから、お茶だけは自分では淹れない。
思わずにこにこしながら、二杯目をねだった。
「⋯⋯ほんと。そんな笑顔で言われたら困っちゃうんですよね」
「え? やっぱり自分で淹れなきゃダメ?」
慌てて言うと、セツが笑う。
「いくらでもご用意致しますよ。そうじゃなくて⋯⋯」
ふわあ。
セツの言葉を遮るように、あくびが出た。
「あ、ごめ⋯⋯」
「今日は、お疲れになりましたでしょう」
「セツもね。いつも、ありがと」
「⋯⋯王子のそういうところが」
セツの言葉を聞き終わらぬうちに。
ぼくのまぶたは閉じかけていた。
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