セルジの花と共に贈る

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 夜中、屋敷の一室に灯りを浮かべる。浮かべるというのは文字通りの意味。魔術という名の技術が頭上に灯す橙色の明かりが、暖かく自室の輪郭を顕にする。  二人掛けのテーブル。ベッド。壁を埋めるように並んだ本棚。本の彩りが無ければ味気ない部屋。豪奢なものは落ち着かない。本だって高価なのだけれど、これは必要なものなので別。ほとんどは魔術書で、あとは古い童話がいくつか。 「花を贈ろうと思うの」  すぐ後ろに立つ彼女へ声をかける。 「花ですか、お嬢様」  私の左肩の上。そこでずっと繋いだままの左手を小さく握り直す。空いている右手で本のページを捲る。 「思いには花を添えるものでしょう」 「花言葉など、お好きでしたか?」  普段通りの冷めた声音を聞いて、私は見えないように笑う。 「お嬢様は好きだと思うの」 「その本に書いてありましたか?」 「まさか。魔術書よ、これ」  栞を挟んで本を閉じる。 「離すわね」  繋いでいた左手の力を緩める。灯りが消えるのを待って完全に手を離した。 「お疲れ様。大丈夫? 調子は?」 「問題ありません。お気遣いありがとうございます」  暗くなった部屋で、変わらない彼女の声が届く。窓から入る星明かりだけの世界に慣れてきた所で、彼女は絨毯を叩く音さえ立てず静かに部屋の出口へ向かう。 「ねえ。あなたは花、好きかしら?」 「嫌いではありません。それでは、お休みなさいませ」  そうとだけ答えて彼女は部屋を辞した。  先ほどまで灯っていた暖かな光を思い出す。  内から溢れる魔力を心で整形して現実の事象へと変換する。心が未熟で不器用では、魔術も不格好な形にしか発動しない。  彼女は心を律することがとても上手い。灯光を浮かべるだけでも、私がやると目が痛くなるような強い光しか出せない。  ベッドに潜り混む。  彼女が作ったあの光を思い浮かべながら私は眠りに落ちた。
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