めし屋、おつかれさん

6/9
20人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
 商店街に戻ろう。 不本意だが、一度テツさんの店に戻って帰り道を聞くべきだ。 振り返って、悲鳴を上げた。 「いただきます」 鼻の先が触れそうなほど目の前に、さっきの右手を差し出した「ちょうだいポーズ」の蛙がいるのだ。 右手の先を俺の左胸に付きつけるようにして、目玉をぬるりと左右に動かす。 「通過料をいただきます」 「つ、通過料って」 蛙の水っぽい緑の手が俺の左胸をそのまま突いた。 「心と記憶を頂きましょう」 「こころ?」 「幸せを感じる心。幸せな記憶を合わせて頂きましょう」 ひっくりかえった情けない声で聞き返す。 「閻魔様への通過料でございます」 「俺は別にそんなところへは――」 「そんなはずはございません」 青筋を立てた蛙の顔が風船のように膨れ上がり、俺を頭から食べてしまえそうな程の大口を開く。 「渡さなければ、迷いの森を彷徨う事になるでしょう」 湿った真っ赤な舌が降って来る。 「や、やめっ――」 咄嗟に尻餅をついた。 腕で顔を覆い、迫りくる恐ろしい蛙の口から必死に逃れようと後ろに倒れた拍子に地面に後頭部を叩きつけて身悶える。 ぶぎゃああああっ 突然の耳をつんざく絶叫に、両腕で顔を覆った。 腕の隙間から、巨大な蛙の顔が縦に引き裂かれるほど伸び、瞬く間に破裂するのが見えた。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!