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「大丈夫だよ。今日はもうしないから。いきなり無理させて白河に嫌われたくない」
「そんな、嫌うだなんて、……ありませんよ」
戸倉さんは握っていた手に指をからませると、
「こら、そんなに煽るんじゃないの。僕の理性を試してるね?」
いたずらっぽく言った。
そんなつもりなどなかったわたしは慌てたけれど、戸倉さんはわたしの頭から腕を抜くと肘をついて、じっと見つめてくる。
横向いていたわたしは、それでも視線は痛いほど感じて、急に恥ずかしくなってきた。
「……あんまり見ないでください」
「どうして?」
「恥ずかしいんです……」
「そんな恥ずかしがっててどうするの。これからはずっと一緒なのに」
嬉しそうに呆れる戸倉さんだったけど、わたしは彼が言ったことにハッとした。
『……もし、ある条件をクリアしたら僕と白河が一緒に働ける可能性がある、そう言ったら、白河は、その条件をのむ?』
わたしは戸倉さんが言った条件に応えたはずだ。
だったら、これからも一緒に働けるの?
落ち着きはじめていた鼓動が、また、騒ぎだした。
「あの、戸倉さん?」
「うん?」
ゆっくり頭を動かすと、本当に幸せそうな戸倉さんの眼差しに出会う。
おかげでわたしまで心があたためられ、それに包み込まれてしまいそうになるけれど、そこは踏みとどまって、彼に尋ねた。
「戸倉さんは、ヨーロッパに行かれるんですよね……?」
訊き方が、怖々だった。
「うん、行くよ」
さらりと認める戸倉さんに、さらに問う。
「だったら、わたしが戸倉さんと一緒に働けるって、どういうことなんですか?」
すると戸倉さんは、「ああ……」と、何かを企てているような、含んだ笑いをこぼした。
肘をついていない左手でわたしの髪を耳にかけながら、
「さっきの条件は、別にのんでものまなくても、どっちでも構わなかったんだ」
楽しそうに、そう打ち明けたのだ。
「え?」
「別にさっきの条件をクリアしなくても、もともと白河は、僕と一緒に仕事することが決まってたんだから」
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