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#01
あの川を越えると、魔法が解ける。
シャワーを浴びて野田が部屋へ戻ると、ハルはもう動かなくなっていた。
結露で曇ったガラスの向こうでは疫病が流行っている。その影響は水が染みるように日常のあちこちに入り込んでいて、このホテルへ辿り着くまででも殆ど人とすれ違わなかった。週末だというのに。テレビのニュースは一日中同じ話題を繰り返すばかり。息を吸うことすらも慎重になっている。とはいえこのような生活の変革にも慣れ始めてしまった。世界の終わりは静かに忍び寄ってくると言うけれど、おそらくこんな風にやってくるものなのだろう。
身体全体を包むようにかけられた白いチュールレース地の下に、見慣れたハルの美しい顔が透けている。丸襟の付いたミニのワンピースとタイツ。身を包むもの全てが白く、まるで自身を葬っているような、神に創られた聖なる物体である証明のような。丁寧にラッピングされた新しい玩具のような。
これで遊んで良い、と提供された玩具なのだ。野田はそう胸の中で呟いて、チュールレースをゆっくり剥がす。ベッドヘッドに重ねた枕にもたれて座らされたハルの手を握っても、握り返してくれることなど当然なく、力を失った手は重く。離せばパタンと落ちる。重力に抗うことなく垂れ下がった腕。軽く閉じられた艶やかな唇と、ぼんやり開いたままで動かない瞳。人工の毛が植えられた睫毛。柔らかな頬をそっと撫でても何の反応もない。
こういう方法でしか望んでいたものは手に入らないのだろうか。きっと本当はそうではないのだろうけど。
使い捨てのプラスチック手袋越しにしか触れることを許されていないのがもどかしい。わかってはいるのだ。今はもうそんな状況ではない。自分が誰がそれに該当しているのかわからないまま、空気中の何処かにいるそれに怯えている。数ヶ月前とはすっかり変わってしまったが、世界は唐突には終わってくれない。
野田は心細さをその身から剥がそうとするかのようにハルの太腿を撫で、縋り付くようにその間に顔を埋める。ワンピースの裾を捲ると、タイツに覆われたなだらかな起伏が現れた。頬擦りするのにマスクが邪魔だが、外すわけにいかない。ましてや以前のように舐め回すことなど、今は許されない。股を開かせ足首を掴み、足の裏を自身の下半身に擦り付ける。人間の脚って重いな。ハルの瞳はただ一点だけを虚ろに見つめている。自力で動かすことを放棄した身体。ただそれを味わいたかった。
それから両足首を掴んで引き摺り、ベッドに横たわらせる。ワンピースを胸の辺りまで捲りあげ、脚の付け根から真白なタイツを脱がす。露わになったショーツの上からハルのものに触れても、野田のそれのようにすぐに硬くなることはない。撫でても起伏はそれ以上盛り上がらず柔らかなまま。裾からは身体に繋がった細いコードとコントローラーが転がっている。完璧な工業製品として、この身体はここにある。
小さなリボン飾りがついた淡いピンク色のショーツの上から起伏に口付けると、堪らない感情がこみ上げ、思わずマスクをずらして舌の先で触れてしまった。唾液の染みた布に隔たれてはいるが、生きた感触がある。すると突然ハルの口から魔法を解く言葉がささやかれ、思わず息が喉を逆流していった。
「約束と違いますよね」
さっきまで虚空を見つめていた瞳が、じっとこちらを覗き込む。
「今日は着衣のまま、キスもオーラルも本番もなしって約束したよね? 長い付き合いだから許されると思った?」
ごめん、と一旦身体を離すと、ハルはゆっくりと灯りが消えるように再び動かなくなった。ただの人形に戻った。自我を捨て、他人の欲望を受け止めるだけの人形。
ハルとは数年前にマッチングサービスで出会った。文字通り「お人形さん」として扱われることに興味がある男の娘と、遊びたい男。会う度に幾らか渡し、「お人形遊び」をする。
人間そっくりの人形は言葉を発しないし、自らの意思で動くこともない。弄っても挿入しても何の反応もしない。着せたい服を着せ、セックスをして、思いのままに戯れる。ホテルの部屋の中でだけ、玩具としてその肉体を差し出してくれる。
「絶対、絶対に挿れたりしないからさ、服脱がさせて。見て触るだけって約束するから」
じっと返事を待つが、ハルは微動だにしない。許可してくれたと思って良いのだろう。下着を脱がせて大きく開脚させた。身体の中心にある肉色の突起は、栗色の髪とつけまつげを備えた美しい顔とは少し隔たりを感じさせる。
自分が恥ずかしい格好をさせられているということすらわからない。感情も感覚もないお人形だから。そんな風に、ただされるがまま。何をされても感知しない。顎を押さえて口を開けさせ、脱がせたタイツを押し込む。
「今度はもっとマシなものを挿れてあげるからね」
まばたきをしない瞳には、薄い涙の膜が張っている。
隅々まで一通り鑑賞した後、野田は硬くなった自身のものをハルのショーツを使って擦り、達した。こんな時期だからなと汚したショーツをポリ袋に入れて口をきつく縛る。
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