悲惨すぎる君との再会

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悲惨すぎる君との再会

ーイベント当日ー チーフのスグルを中心に本日のタイムスケジュールや整備についてのミーティングが行われている。 冷静に淡々と指示を出しているスグルだが数時間前に私の顔を拳で2発も殴りつけて大暴れした。 最近は攻撃力が更に増し暴言を吐きながら抱いているだけでは気が晴れないのか出血するまで体中に噛みついてくる。 「誰にも見せられないね」 と、満足気に嘲笑う姿はバイオレンスな悪魔そのものでこうなる予感はしていた。 心のネジがどこかへ飛んでいってしまったのだろう…。 見事に切れてしまった唇を隠してミーティングに参加しているが心身共にズタボロで逃げ出してしまいたい。 こんなコンディションでRocketsとの再会を果たす事になるなんて私はやっぱり神様に嫌われている。 ☆  メンバーの入り時間が迫るとスタッフの動きも慌ただしくなってきた。 「そこは俺がやる」 スグルは機材のチェックをしている私の元にやって来て 「1時間休憩」 と、指示をだした。 本来のスケジュール通りで動くと私の仕事は山積みで呑気に休んでいる暇など無い。 今日はライブハウスに顔を出す事も許されないのか。 反発する勇気も気力も失って受け入れることしか出来ない自分が情けない。 大人しく事務所へ戻り冷たいデスクに頬を乗せて目を閉じた。 暫くすると地下から突き上げるようなリハの音が聞こえてくる。 この曲… 懐かしい… ライブの最後はいつもこの曲で盛り上がってた。 ここにRocketsがいるなんて夢みたい。 ♪〜♪〜♪ 携帯が鳴ってる。 着信の相手を確認すると【スグル】の名が表示されていた。 今度は何だろう。 『はい』 『事務所にいる?』 『はい』 『エントランスの電球が切れてるから買ってきて。サイズはメールする』 『わかりました』 電球のストックなんていくらでもあるくせに…。 本当に意地悪で卑劣で憎らしい。 命令された買い物を済ませて店を後する。 踊らされている自分に怒りが込み上げて戻る気など失せてしまった。 行く宛など無いけど歌舞伎町で時間を潰していると… 「すみません」 背後から不意に男性が声をかけてきた。 これは間違いなくキャッチだ。 振り向いたら終わり。 「あのー聞こえてます?」 「……」 「お姉さーん」 あー!もうしつこいっ!! 他人と会話する気力なんて残ってないっ!! 早く消えて!! 「何ですかっ!?」 苛立ちが最高潮に達して勢い良く振り返ると… 「キャァーッッ!!!!!!」 目の前には声を殺して笑っているイクトが立っていた。 「お姉さんシカトしないでよ。久しぶり!」 「もー驚かせないで!心臓が止まるかと思った!」 「ごめんごめん」 本物のイクちゃんだ…。 心の準備をする前に現れるなんて反則だよ。 「随分とバッサリ髪を切ったんだね。俺と同じ色かな?」 「あ、ホントだ…」 黒髪だったイクトは限りなくレッドに近いブラウンに髪を染めていた。 言われてみれば同じ色かもしれない。 「その真っ黒なマスクはファッション?今の流行り?」 「ううん、ちょっと風邪気味で…」 待ちに待った再会だというのにスグルからの報復が怖くてイクトを直視することが出来ない。 「イクちゃんは散歩?」 「暇だから息抜きにブラブラしてた」 「そう…」 「おかえりなさいって言ってくれないんだね」 「あ、ごめん!おかえりなさい」 「何かあったの?ずっと下を向いてる」 「えっ…?」 ♪〜♪〜♪ 見事なタイミングで携帯が鳴り始めた。 相手は間違いなくスグルだろう。 ♪〜♪〜♪ 「鳴ってるよ?」 激しく動揺しているせいか手が縺れてしまい携帯を落としてしまった。 「はい、気を使わないで出なさい」 「うん…」 イクトが拾ってくれた携帯に恐る恐る耳をあてる。 『どこ?』 『もうすぐライブハウス』 『メイクさんがイクトを探してるんだけど会わなかった?』 『会ってない…』 『そ』 スグルは余韻を残さず一方的に電話を切った。 ライブハウスへ辿り着く前にイクトと別れないとこんな所を目撃されたら…。 想像するまでもなく地獄絵図だ。 「メイクさんがイクちゃんのことを探してるって」 「もうそんな時間か。ね、ちょっと貸して?」 イクトは携帯を取り上げると 「すげーな!罅だらけじゃん。どうしたのこれ!」 と、興味津々に眺めて笑った。 「何回も落としちゃって。相変わらずドジだよね」 「新しいの買えばいいのに」 「気に入ってるからいいの」 「不思議ちゃんが健在で安心したよ。あ、スグル君だ」 ………!! ヤバイ…こっちに来ないで…! 「スグル君と婚約したんだって?」 「うん」 「おめでとう。お幸せにね」 「ありがとう」 こっちに向かって来るスグルは不気味な笑みを浮かべている。 恐ろしくて前が見れない。 どうかイクトの前では何事も起きませんように。 「なーんだイクトも一緒にいたの?」 「偶然そこでサクラを見かけたから声を掛けたんだよ」 「ふーん」 「お邪魔みたいだから先に行くわ。また後で」 気を利かせたイクトは先に行ってしまった。 当然の如くスグルの表情からはプツリと笑顔が消える。 「嘘をついたの?」 「ごめんなさい…」 「どうして?」 スグルは殺意に満ち溢れた鋭い目つきで私を睨みつけると折れそうな程に強く手首を握り締めた。 「…痛い。余計な心配をかけたくなかったの。本当にごめんなさい。二度と嘘はつきません」 「明日中に必ず髪の色を変えて来い。目障りだ」 「はい…」 「さ、戻ろう!みんながお待ちかねだよ!」 突然表情を一変させたスグルは愉し気に私の背中を押した。 なに!? どうして急に笑ってるの!? もう疲れた…。 「会いたかったよ★マイハニー!」 フロアの扉を開けると両手を広げて待ち構えていたリョウが私を抱き上げてクルクルと回った。 「おかえりなさい!私も会いたかった!リョウさんもイメチェンしてグリーンに染めたんですね。格好良いです!」 「占い師にラッキーカラーはグリーンだって言われてさ。信仰心の強い僕は翌日から変わりました。でね…」 「はいはい、占い師の話は終わり。サクラちゃん久し振り!」 「ソラさん!」 「思い切ったイメチェンをしたね。イクトと同じ?これ何色って言うの?」 「私も会った時に驚いてケイと爆笑しちゃった。この絶妙な感じの色が被るなんて最高だよね!」 「それであの時ずっと笑ってたの?」 「はい、お許しください」 「積もる話があり過ぎて時間が足りないから再会を祝してまたあの店に行こうよ」 「いいねー!と言いたい所だけどあの時はお前が潰れて最悪だったからトラウマになってる。あの店には行きたくない」 「そんな堅いこと言うなよ。ソラが参加しなかったら成立しないだろ?サクラちゃんも絶対に参加ね!来てくれるでしょ?」 「私は…」 「スグル君の許可が必要なんだろ?フィアンセがいるんだからあまり無理強いするなよ」 イクトはテンションが上がりメーターが振り切っているリョウを言葉少なめに鎮めた。 フィアンセ…。 悲しく切ない響きだ。 「そっか!スグルっちとはいつ入籍するの?」 「婚約をしているだけで後は未定です」 「それなら婚約祝いも兼ねてパーティーをしようよ。僕が責任を持ってスグルっちの許可を取ってくる!」 「あっ…!」 止める間もなくリョウは全速力でスグルの元へ行ってしまった。 「あいつ…こういう時だけは早いんだよな」 お祭り気分のリョウを目で追いながらメンバーは笑っている。 またしてもスグルの気分を害する結果になりそうだ。 命がいくつあっても足りないかもしれない。 どこに視線を合わせたらいいのかわからない私は完全に目が泳いでいる。 平常心ではいられない。 「すぐにオッケー貰えたよ!帰り道は心配だから迎えに来るってさ。ラブラブー☆」 ……!? この状況で本当にオッケーを出したの? これは奇跡…というより悪夢の始まりに違いない。 「サクラちゃんは最短でいつなら空けられる?」 「えっと…来週の木曜…?」 「みんなは木曜でもいい?」 「いいよ」 「それではまた僕が社長におねだりして段取りをします」 周囲の盛り上がりとは裏腹にイクトは目を合わすどころか言葉を交わしてくれることも無かった。 恐らく警戒されている事に気付いてしまったのだろう。 ☆  ライブハウスがOPENすると彼らの帰国を心待ちにしていた人々でフロアは満員になった。 会場の外も入場制限をかけられた人でごった返している。 通常の私はステージの袖でトラブルに対応する係だが、今日は外でライブの様子を伝達するという意味不明な役に任命された。 ここまで徹底されると呆れるを通り越して笑えてくる。 チーフ様の指示通りに使命を果たしてやろうじゃないの! 無事にライブが終了すると外で待っているお客さん達にもフロアを開放した。 再会を喜ぶ声が飛び交いフロアは非常に盛り上がっている。 賑やかな宴は1時間ほど続いた。 宴の終わりを告げるソラの挨拶を事務所のモニターで確認した後にライブハウスの外でお見送りと整備を始める。 最後のお客さんを見送るまでに30分以上かかったが、ようやく一息ついた所で私もフロアの中に戻った。 「お疲れ様でした」 「どこにいたの?サクラのことをずっと探してたんだよ?」 「ごめん、今日は外にいる係だった」 「え、ライブ中もいなかったの!?そういえばリハの時もいなかったよね?」 「凄く楽しみにしていたんですけど仕事が優先なので。本当に申し訳ありませんでした」 「見てほしかったなー」 「次は仕事抜きで必ず行きます。あの…まだ清掃があるので…」 「そっか、引き留めてごめんね。来週の木曜にまたゆっくり話をしよう!」 スグルはRocketsが所属する事務所の社長と歓談をしていてフロアから姿を消している。 仕事中に楽しく話をしているなんて知られたら後の祭りだ。 このまま姿を消せるように…と一番面倒なトイレ掃除を引き受けて暫く隠ることにした。 ここは落ち着く。 誰にも気を使わずにいられる。 1日中マスクをしてると息苦しいけど怪我に気付かれたら大騒ぎになっていたと思う。 我ながらうまく乗り切った。 鏡の前でマスクを外し改めて傷の具合を眺めてみる。 まだ乾いてない傷口に触れると痛みで震え上がり現実世界へ引き戻された。 「失礼しまーす」 鍵をかけ忘れたトイレの扉が開くとイクトが入ってきた。 「…!?」 「掃除当番?」 「うん、あ…邪魔だよね。すぐに出ます」 想定していなかった事態に気が動転してマスクをせずに顔を合わせてしまった。 何も見られていない事を祈る。 「急いでないからごゆっくり」 逃げるように背を向けた私の肩に触れたイクトは 「少しだけ話をしよう」 と、扉を閉めた。 「スグル君はまだ社長と話をしてる。ケイに見張りを頼んであるから安心して」 「うん…」 「彼氏の視線が痛くて近寄れなかったよ。めちゃくちゃ嫌われてるみたいだね」 「そんな事ない…」 「ま、元彼なんてみんな嫌だよな。それよりもどうしたの?」 「えっ?」 「口だよ。怪我してるじゃん」 「あ、見えちゃった?昨日の飲み会で派手に酔って帰りに転んだの。アルコール弱いのに馬鹿だよね」 「転んで口を切ったの?」 「うん。恥ずかしいから内緒にしてね」 「それ殴られた傷だろ?」 「まさか!」 「さっきスグル君に凄い剣幕で怒られてた」 「見てたの…?」 「ああ。スグル君が俺に気付いてサクラの手を離した。2人でいた事を咎められたの?」 「ううん、違う。他愛も無い喧嘩だよ」 「あれが他愛も無い喧嘩なのか?対等な関係じゃないって誰が見てもわかるよ」 イクトが世にも恐ろしい核心に迫ろうとしている。 絶体絶命だ。 「失礼」 絶好のタイミングでケイが扉を開けた。 混乱で硬直して呼吸すら出来なくなっていた私はケイの出現に心底ホッとしている。 「そろそろ社長の車を回せってさ」 「予定より早かったな…。説明は後にしてケイの意見を聞かせてもらいたい。これを見てどう思う?」 イクトは私のマスクを取り上げると口元を指さした。 「ちょっと…!!」 「サクラちゃん…殴られたの?」 「やっぱりそう思うのが普通だよな」 「殴られたなんて怖いこと言わないで。酔って転んだ時に出来た傷だって説明したでしょう」 「サクラちゃんの気持ちはわかるけど転んで出来た傷と主張するには無理があるよ」 「そう言われても事実ですから…」 「悪いんだけど至急アカリちゃんを連れてきてもらえない?」 「わ、わかった」 ケイは動揺した様子でフロアに飛び出して行った。 「あの…本当に殴られたりしてないからね?」 「思い過ごしならそれでいい」 事情を聞いたアカリは不穏な表情を浮かべてやって来た。 不穏というより既に怒っている…。 「何があったの?」 「これだよ」 拒む私から無理やりマスクを取り上げたイクトは口元の傷を指さした。 「誰にやられたの?」 「自分!お願いだから話を大きくしないで」 「サクラ、私達には嘘をつかないで。彼氏にやられたの?」 「違うよ。嘘はついてない」 「あのさ…非常に心苦しいんだけどいいかな?」 イクトは困り果てた様子で私に問いかけた。 「なに?」 「誤解だった時は思いっきり殴っていい。二度と勘ぐったりしないよ。約束する」 「は?」 「2人でサクラのことを押さえといて」 「押さえる?一体何をするつもりなんだ?」 「今は時間が無いから聞くな」 「何?何をするの?」 「動かないようにしっかり押さえつけといて!」 「やだ!何!?」 イクトは2人に押さえつけられている私のパーカーに手を掛けると一気にジッパーをおろしてシャツを捲くり上げた。 見事に晒された体には無数の傷痕が残っていて酷い所は出血もしている。 「見ないで…」 「やっぱりな…。前にネットで見たことがある。恋人の顔を殴るって異常だろ?ここまで大胆になるには前兆があるんじゃないかと睨んで確かめたんだ」 「本当にあの人がやったの?」 「違う…」 傷だらけの体を見た衝撃で絶句している2人の手を振り解いた私は急いで服を直した。 「もう行って」 「どうしてこんなことに…いつから?」 「ちょっと気持ちが溢れちゃっただけ。あくまでプレイの一環だよ。ドSとドMだから行き過ぎちゃうことがあるだけでDVじゃないよ」 私は咄嗟に絞り出せる精一杯の言い訳と作り笑いをした。 どんな言い訳をした所で理解してもらえる筈もないが貫き通すしか無い。 「サクラにそんな性癖があった?真実を話せば楽になれるし俺達も力になれる事があると思う」 「セックスは人それぞれ違うの。スグルさんと付き合って私は変わった。それだけの話だよ」 「嘘をつくな」 「サボってると怒られちゃうからもう行って!」 「納得出来るわけないだろ?」 「色々と心配してくれてありがとう。来週また会えるの楽しみにしてます」 「……」 「行って!」 「何かあったら私に必ず連絡して!約束だからね」 「うん…」 腑に落ち無い様子の3人は私の押しに負けて渋々諦めた。 2年ぶりに再会した私の惨めな姿を見てイクトは一体どう思ったのだろうか。 同情する気持ちで一杯? それとも汚らわしい? ダッサイな…。 こんな再会ならしなくて良かった。 もう粉々になって散ってしまいたい。 掃除をしている間にRocketsとアカリはいなくなっていた。 気を使って何も告げずに帰ってくれたのだろう。 ☆  この夜は覚悟を決めていたけれど、スグルの機嫌はすこぶる良好で一度も怒鳴ったり暴れたりはしていない。 「よく戻って来てくれたね」 と、ただただ子供みたいに泣きじゃくるスグルを優しく胸に抱きしめた。 私は聖母か!? いつまでこんな関係を続けるつもり…? 結局はスグルが大人しかったのも2日が限界でそこからは毎晩のように執拗な暴言と暴力を受けることになる。 命令された通りお気に入りの髪も無難なアッシュに変えた。 彼らと約束をした木曜日まで気力が残っているのか…。 全ては成り行きに任せることにした。
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