醤油

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醤油

ちょっと人とは違う感覚をもつ人には、わたしの肩にのる"これ"がうっすらと見えてしまうことがある。 見えてしまった場合の対処法は大概どちらかだ。1、笑って誤魔化す。2、すっとぼける。 1を選択した場合、変な雰囲気になって非常に面倒くさいから極力避けたい。 しかし、2を選んで「は、何言ってんの頭大丈夫?」的な対応をすると、相手の見間違えだと"その目撃"を否定することになるので、たまに炎上してしまうことがある。 2ヶ月前のヤンキーチックなお兄さんの言葉を借りるなら、「ああん?てめぇ俺の言ってることが嘘だって言うのか?!」だ。 胸ぐらを掴まれちょっと体が浮いたのは初体験だった。 その前には、おばあちゃんに「わしの目は腐ってしもーたんかのぅ」などとシクシク泣かれてしまい、慰めるのに相当な時間を要した事もあった。 対応に失敗することはあるものの、大抵"この子"はうっすら見える程度だから、1か2の選択でどうにかなっていた。 だから3、真実を語る、という選択は今までしたことがなかった。 「その(きつね)さ、いつも肩に乗ってるけど暑くないの?」 突然、わたしの最大の秘密に触れてきたのは、高校の入学式で出会い、約一年を学友として過ごしてきた速水磨百瑠(はやみまもる)だ。 日々のルーティンのように、学校帰りはこの男と遊ぶのが定例化していた。いつものようにファーストフード店で夕食までの腹ごしらえをしながら、今日はどこで遊ぶかと話していたところだった。 彼はジュコーとストローの音を立ててコーラを飲み干した。 「は?」 これはすっとぼける選択肢を選んだわけではなく、ビックリしすぎて出た「は?」である。わたしは咥えていたポテトを噛めずに落とした。 「いや、だからさ、もう5月じゃん?マフラーみたいに首に尻尾が巻き付いてるからさ、暑くないのかなって」 「……見えてんの?」 「うん」 「いつから?」 「え?初めて会った時から」 磨百瑠(まもる)は、見えているのがさも当たり前かのように言った。 反則だと思った。 彼は今まで見えないふりをしていたのだ。 大抵の人は見えた瞬間に騒ぐのに、この男は1年もわたしの横で、"見えていること"を黙っていたのだ。 「あ、やっぱり秘密な感じ?」 「当たり前でしょ!こんなところでいきなりそんな話しないでよ。っていうか何で今まで黙ってたわけ?」 学校帰りの学生で賑わう店内を焦って見回した。こんな人の多いところで言わないでほしい。 「なんかみんなには見えないみたいだから、聞いていいのか様子を見てた。重くないの肩こりそうだね。っていうか、"それ"何?触っていい?っていうか俺も触れる?」 指を伸ばした磨百瑠(まもる)に、わたしの肩に乗る狐、狐仙(こせん)は牙を向く。 『戯け者っ!! 』 琥珀の眼を光らせ、シャー!!と威嚇した。 「おわっ!ビックリしたぁ。喋るんだそれ」 言うほどビックリしてなさそうにして、磨百瑠(まもる)は手を引っ込める。 『なんて無礼な人間だ。俺をそれ呼ばわりだと?兎杜(ともり)が心を寄せる奴だから、今までの無礼も多めに見てやってはいたが、兎杜(ともり)、もうこいつ喰っていいんじゃないか?こいつは前から旨そうだと思っていたんだ』 狐仙(こせん)は舌舐りをした。 「え、兎杜(ともり)俺のこと好きだったの?ごめんね。そういうの鈍くてよくわからないんだ。でも俺も嫌いじゃないから失恋を理由に自殺して兎杜(ともり)の怨霊にとりつかれるくらいなら仕方ないから付き合ってあげるよ。デートとかすればいいんでしょ?」 「ちょっと狐仙(こせん)、紛らわしい言い回しやめてよ。あと磨百瑠(まもる)!なんでフラれて自殺する前提なのかな。恋愛感情なんてないから勘違いしないでよね。そんなんじゃないからね!あと気にするべきはそこじゃないと思うよ」 「ああ、そうそう。俺って食えるの?どうやって?バリバリって噛む感じ?痛いの嫌だからやめてよ。っていうかそれ人を食う妖怪なの?だったらヤバいよ。なんでそんなの毎日肩に乗っけてるの」 「やっぱりなんか論点違う!」 わたしは頭をかきむしった。パニックを起こしているのに磨百瑠(まもる)は意にも介さなかった。 磨百瑠(まもる)は常々マイペースな男だ。いつもは心地よいと思えるその空気も、今だけは受け付けられそうにない。 「狐仙(こせん)磨百瑠(まもる)が見えてる事を知っていたの?!」 『当たり前だろう。何度も目が合うのに挨拶一つも寄越さない無礼者が』 「それならそうと言ってよ!」 「ねぇ、血とかびしゃーって出るよね?」 『そんな外道な喰いかたするわけないだろう。阿呆か貴様』 「妖怪の食事の仕方なんて知らないよ」 『俺は妖怪ではない!口の聞き方に気を付けろ!』 怒りとともに、狐仙(こせん)はドゥと、全身に青い炎を発火させ、同時に店の天井へ届く大きさまで巨大化した。 『喰ってやる!』 咆哮とともに、人間の丸のみなど容易いほど大きくなった口を、グワッと開いた。 さすがの磨百瑠(まもる)もビックリしたらしく、椅子にのけ反り店いっぱいに膨らむ狐仙(こせん)を見上げた。 「うお、すげ。格好いい」 しかし怖がることはなく、寧ろ巨大ロボを見た子供のように眼を輝かせる。 慌てて二人を諌めたわたしは、「一人で何やってんのあの人」と、周囲に白い目で見られた。
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