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「両家の婚約を破棄させていただきたいのです」 「……ご提案、謹んでお受けしよう」 これが三度目の婚約破棄だった。父に視線で促されて、ひとりそっと応接間を退出する。 その途端、遠くから楽しげな気配が色濃く漂ってきた。まだ宴が続いていて、賑やかなざわめきが眩しい。 ため息をぐっとこらえる。 公爵家の裕福ぶりを見せつけるためにあつらえられた華やかな宴を抜け出して、うつくしく整えられた中庭に出る。じわりとにじんだ涙に夜風が冷たかった。 ……また、またよ。おやさしい方だったのに。 子爵家には、もう未婚で結婚適齢期の男性がいない。ご子息が三人いたけれど、三人ともいくさで殉死した。 結婚はあくまで家同士のもので、いわゆる政略結婚だった。 相手の家の長男と婚約。婚約者が死ぬと次男、次男が死ぬと三男に、婚約が引き継がれていく。 それでももう、三男もいない。 そろりと向けられた、気味が悪そうな視線を思い出す。うかがうような遠巻きなそれは、ひどく胸を突いた。 数日前、親しい方々をお招きして小規模な宴を開くから参加するようにと、事務的な手紙が届いた。 珍しい父からの呼び出しに応じて出席し、壁の花になることしばらく。 所狭しと並べられた、贅を尽くした料理がすっかり冷めきったころ、別室に案内され、なかで待っていた父と子爵に正式に婚約者の殉死を知らされた。 次いだ言葉も至極当然のものだった。 申し訳ないが、もう婚約を維持できないこと。家族葬で弔いたいので、婚約解消の手続きはできるだけ迅速に行うつもりでいること。家同士はできればこれからもよろしく、ということ。 家の存続のため養子を取るらしかった。 では、なぜその養子と婚約させないのかと言えば——わたくしに、悪い噂が立ったから。 なにもおっしゃらなかったけれど、そのくらい、いやでも耳に入ってくる。
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