シルクスクリーン

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 初めて貰ったラブレターは送り主が女性だった。  私のときめきを返せ。  文面には(いびつ)な想いがつらつらと書き連ねてあって、私を真っ白な宇宙空間へと放り投げた。  別にね。良いですよ? 異性同士だろうが同性同士だろうが想いの尊さに違いは無い。  でもね。でもですよ? 私は男の子と恋なるものがしたいのですよ。  ――そういうお年頃なのです。 「どうすっかなぁ……」  返事をすべきか悩む。いや、返事はすべきだろう。イエスでもノーでも返事はしなくちゃイケナイ。  人として。面倒でも、人としてね。 「そういうわけだから、ごめんなさい」  何がそういうわけなんだか。自分でもワケの分からなさに呆れながらも居たたまれなくなって、相手よりも先に場を離れた。  だって彼女が泣いたから。その涙は確かにピンク色に霞んで、女の子の色だった。  傷つけた……だろうか? 傷ついた……よね? 傷つけば……よかった?  違う。そうじゃない。こういうことはハッキリと伝えなければ残酷なんだ。変に慰めたり、期待のようなものを持たせたり、そっちのほうが余計に残酷というものじゃないか。  私のことなんて、好きにならなければ良かったんだ。さっさと忘れればいい。  それから私は落ち込んだ。なぜ落ち込むのかも分からずに、そこがまた余計に私の気持ちを重くした。  と、ここまではよくある話。  (しばら)くして私は、また彼女と出会うことになる。意外でもなんでもない、当たり前の日常の中で。  下校時のバスに揺られていると、突然私の中に詩人の魂が降りてくることがある。  夕日というものがこれほどまでに私の心というものを(もてあそ)び締め付けてくるのは、きっとその向こうにいつか帰るべき場所があるからなのです。  私はグラデーションの中に自分の未来を溶け込ませてグルグルと混ぜて幻覚剤。電子レンジの中のグルグル、洗濯機の中のグルグル、レコードのグルグルで、だから私の気分もクルクルと回るのです。  ゲェー、吐きそう。我ながら詩の才能ないわ。詩人の魂よ、何処か遠くまで坂道を転がり落ちてゆけ。  ぷくすう。はいはい、可笑しい可笑しい。  ……前の席の二人、イチャついてるなぁ。仲良さそうな声が私の耳にまで入ってくる。  まぁ、良いけどさ。  どうでも良いけどさ。  いくら乗客が少ないからって、バスは静かに乗りましょうって教わらなかったのか?  ――あ! 前のバカップルの女の方、声のトーンと髪の毛の癖に見覚えがある。  どうやら今度は探偵の魂が降りてきたらしい。  私は立ち上がって、座席にいる男女の前へと回りこんだ。 「お前……」  彼女は私にラブレターなるものを渡した女だったのだ。しおらしく流したピンクの涙も乾かぬうちに、今度は男だとう。 「お前は、一体何者なんだー!」 「あら、如月さん」  ぬけぬけとこの女、いやらしい笑いを浮かべてやがる。ように見えなくもなくはない。 「友達?」 「ううん。よく知らない人」  コイツはとんでもない女だったのだ。一緒にいる男がブルーの似合う爽やか系男子なのが余計に腹立つ。  悩んだ私の純情と良心の呵責(かしゃく)を返せ! 「余計なお世話かもだけど、車内では静かにするものよ?」  言うに事を欠いてバカップル。の、女の方! 「降ります。降りまーす!」  次のバス停に着くまで私はヒステリックに、しかしアルカイックにボタンを連打した。  幼稚園の頃、青は男の子の色でピンクは女の子の色という決め事が流行(はや)った。私は青が好きな女の子もいるし、ピンクが好きな男の子もいるでしょと言ったが、周囲は誰も聞いてくれなかった。  それから花一匁(はないちもんめ)をするたびに、最後まで売れ残るようになった。  ちくしょう。私の純情を返しやがれ。
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