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私にとってこれはストレス発散に過ぎない。虐めだと言う奴もいるけれど虐めている気なんてこれっぽっちもない。クラスメイトと遊んでいるだけだ。カラオケに行ったり運動したりしてストレスを発散する奴もいれば私のように友達と遊ぶことでストレスを発散する奴もいる。ただそれだけのことだ。
私は廊下の窓を閉めると、周りの「悪魔だ」という声を無視しながら教室へと戻った。
私が悪魔? 笑わせる。悪魔っていうのはこんな生ぬるいものじゃない。あいつらは本当の悪魔を知らない。お幸せな奴らだ。本当の悪魔は――。
つまらないだけの学校が終わり、私はおんぼろアパートへと帰る。もはや住んでいるのはうちの家族と生活保護のじいさんが一人、他はみんな出て行った。老朽化が進んでいつ崩れてもおかしくないそうだ。
ドアノブを回すと鍵は開いていた。音を立てないようにドアを開ける。手が滑ってドアが閉まる表紙にガチャと小さな音がした。
その瞬間、私の身体めがけてリモコンが飛んできた。
「うるせー!」
その声に、父親とも呼びたくない男が家にいることがわかり私は気づかれないように息を吐いた。靴がないところを見ると、母親は夜の仕事に行ったようだ。ダイニングを抜け自分の部屋に行こうとする。足下には空いた酒瓶が転がっていた。
「おい、酒持ってこい」
「も、もうないよ」
「はぁ!? なんだと!?」
リビングから聞こえて来た声に返事をする。怒鳴り声とともに飛んできたのは先程まで飲んでいたのか、中に少しだけ酒が残った瓶だった。私の足に当たり、瓶は鈍い音とともに床に転がる。酒瓶がぶつかった脛に痛みが走った。でも、痛いとかやめてとか言うと逆効果なことを私は知っている。
「さっさと買ってこい!」
酒の匂いを漂わせながらリビングから父親がやってくる。そして、私の腹を殴った。
「ぐっ……」
「おい、何座り込んでるんだよ。俺は酒を買って来いって言ったんだ」
父親は私の足を、腕を、そして腹を蹴り続ける。何度も、何度も。私が動かなくなるまで。そして父親が満足するまで。
どれぐらいの時間が経っただろう。十五分、二十分。三十分と私は殴り続けられていた。そしてようやく飽きたのか、父親は「死ね」と私に言い残し、家を出て行った。
きっと酒を買い足しに行ったのだろう。母親の稼いできたお金は全て父親の酒代に消えていく。こんな生活の何が楽しいのか、それでも母親は父親の言うことを聞くように、機嫌を損ねないようにと私に言い続ける。
「いった……」
腕も足も赤く腫れ上がっていた。痣になるかもしれない。――それでも、私の顔には傷一つない。
鬼とはあいつのような奴のことを言うのだ。
あいつは私の顔を決して殴らない。外から見られるようなところに傷を作ればバレて面倒くさいことになるのは目に見えている。だから絶対にバレないところを殴り続ける。
けれど私にとってもそれはちょうどよかった。こんなことバレたくない。絶対に気づかれたくない。
別にあいつが捕まろうがなんだろうがそんなのはどうでもいい。それよりも私が親に虐待を受けている可哀想な子だとそう思われるのが嫌だった。こんなのどこの家庭にもよくあることだ。別に私は、私だけが特別可哀想な訳じゃない。だから絶対に誰にも気づかれないようにするんだ。
私はタオルを氷水に浸すと、半袖から見えそうなところを冷やした。冷たいそれに触れた箇所は痛みも、そして感覚も奪っていくようだった。
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