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ぴーちゃんの話を聞いてから、私の目は宮下さんを追いかけるようになっていた。
「西根さん。マニュアルを見ながらでいいから、ひとつ請求書を作ってみようか」
宮下さんがぴーちゃんに話しかける。
「わかりました!」
と、ぴーちゃんが元気よく答える。
「俺にはそれでいいけど、『かしこまりました』の方が、社会人としてはいいかな」
少し眉を下げて、遠慮がちに宮下さんが言った。
「あ、ごめんなさい。じゃなくて……申し訳ございません?」
「『申し訳なく存じます』が正しいらしいよ。俺は使わないけどね」
「そうなんですか! 物知りですね」
目を輝かせているぴーちゃんに、「伊達に三十五年も生きてないからね」と答えていた宮下さん。
二時間に一回は、コーヒーを淹れに席を立つ宮下さん。
上司には「私」なのに、後輩には「俺」を使う宮下さん。
クラゲのネクタイを締めている宮下さん。
いつもツナマヨのおにぎりを食べている宮下さん。
入社して六年目。今まで意識したことなど一度もなかったのに、その存在が私の中で日に日に大きくなっている。
好きだなんて明確な言葉では表したくはないけれど、朝出社して真っ先に彼の姿を探したり、夢に出てきたりするということは、つまりそういうことだ。
後輩が恥ずかしそうに告白してくれた恋心。
最低だ、最低だと思いながら、そんな「最低な自分」に酔う。
正しくない人間には正しくない恋愛がお似合いだなんて、自分への言い訳まで用意して。
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