襲撃

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襲撃

 エイミーは、生まれたばかりの妹を抱えて走った。  自らもまだ十歳にも届かないような年齢であったが、この妹を守れるのは今、自分しかいない。父と母は、おとりになって殺された。真っ黒な狼が群がる様、肉のちぎれる音と二人のくぐもった声を思い出すだけで、吐き気が襲ってくる。涙があふれてくる。しかし、だめだ。泣いている場合ではない。頭を振って、足を動かすことだけを考えた。  アルダンアは、山に囲まれた谷に、猟師や農民が集まってできた、小さな小さな村だ。こんなところを襲っても大した食い扶持にはならないだろうに、魔物たちは見逃してはくれなかった。小さな村であるだけに、村人を守る城壁はなく、戦士もいないことを、彼らは知っていたのかもしれない。  木造の家は破壊され、あちこちから悲鳴と魔物の吠える声がする。家畜を屠殺したときのような、血と肉の臭いが鼻をついた。この村はもうだめだ。山を越えた先にあるという農村を目指すしかない。そこまで逃げ切れる自信はなかったし、そもそもたどり着くまでに新たな魔物に襲われるかもしれないが、ここにとどまるよりはずっといい。  少しだけ息を整えてもう一度走り出した、その時だ。行く先の方から三頭もの狼の魔物が走って来た。エイミーの姿を見つけて、更に加速する。こちらの道を諦め、振り返って絶望した。背後からも、口の端に布きれのひっかかった魔物が近づいてきている。  どうしよう。どうしたらいい。ここで殺されてしまったら、両親が死んだ意味がなくなってしまう。抱えたこの子は、この世の美しさを何も知らぬまま命を落とすことになる。 「誰か」  恐怖で体が凍り付いて、声がほとんど出ない。それでも、助けを求めずにはいられなかった。 「誰か、たすけて……おねがい」  狼が吠える。地を蹴り、二人の少女を骨まで食い尽くそうと、とびかかってくる。エイミーは身を縮め、目を閉じた。せめて少しでも長く妹が生きられるように。妹が食われるところを、見なくて済むように。  その時だった。  凄まじい地響きと、突風が吹いた。エイミーは危うく吹き飛ばされそうになって、踏ん張った。何が起きたのだろう。狼は襲ってこない。慌てて辺りを見渡してみる。  気づくと、眼前には見上げるばかりの大きさの、黒竜の姿があった。  それが竜と呼ばれる存在だと知っていたのは、以前この村にやって来た旅の商人が見せてくれた珍しい書物に記されていたからだ。大きな翼と、どんな剣もはじいてしまうほど固い皮膚、頑丈な顎はどんな魔物もかみ砕いてしまうのだという。そしてその目は、人間の鮮血を封じ込めたように赤い。  黒竜は吠え猛ると同時に、狼たち襲い掛かった。二頭はその手を免れ、巨大な翼に牙を立てたが、一頭は頭を潰されて動かなくなった。  そんな光景を見ていたせいで、エイミーは背後の狼の存在を忘れていた。恐ろしい唸り声を聞いて、すくみあがる。すると、黒竜の口から凍てつくような冷気が吐き出され、狼はエイミーに襲いかかろうとした姿勢のまま、凍り付いてしまった。  黒竜の苦しそうな声が響き渡る。翼にかみついた狼が離れないのだ。狼の魔物たちは、仲間を屠ったこの黒竜を許すつもりはないらしく、翼を食いちぎってはまた噛みついた。後から後から、狼が黒竜に群がって行く。赤く、鮮やかな血が吹き上がる。 「エイミー」  凍った狼の後ろから、中年の男が顔を出した。近所に住む、猟師のジェームズだ。 「早くこっちへ。今の内だ」  狼の魔物は黒竜を仕留めることに必死になっている。エイミーは何度もうなずいて、ジェームズのもとへと走る。それと同時に、ばき、と聞き苦しい音がした。振り返ってみると、黒竜の大きな翼が片方、折れてしまっていた。黒竜の痛ましい咆哮が辺りに響き渡る。 「エイミー!」  ジェームズが、これが最後だとばかりに手を振っていた。そしてエイミーは、腕の中でぐずっている妹の存在を思い出した。生き残らなくてはならない。何をしてでも。
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