9. 同居提案?

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 言われて振り返ってみれば確かに、とも思う。  特に、燃えているアパートに走っていく間、押し寄せてくる諸々の気配にボクのセンサーは押しつぶされ、倒れそうになった。獅童さんがきてくれなかったら、ボクはあのまま倒れ込み、気を失ってしまっただろう。 「つまり、同居は双方にメリットありってことだ」  獅童さんがボクを見る。口角が上がる。それが、にやりと笑った顔なのだと気づくのに数秒かかった。  待て、待て。  ボクは冷静になろうと努めた。  諸々の状況、そして自分の置かれている状態を鑑み、これはどう考えても獅童さんの提案に乗る方が得策では、と考える。 「あ、あの」 「なんだ」  ボクは自分自身を、追い詰められて逃げ場がなくなったウサギのように感じた。目の前にはライオン。ボクは食べられてしまうのか。それとも、ライオンの腕の中に飛び込むべきか。  ……わかっているじゃないか。獅童さんはボクを食べたりはしない。それどころか、ボクにとってはありがたい提案をしてくれている。同居して大叔母さんの遺品管理と家事全般をすれば、住む場所が保証されるだけでなくお金ももらえる。願ってもいない好条件じゃないか。 「その、ずっとじゃなくて、次に住む場所が決まるまでだったら……置いていただけると、助かります」  声はだんだん尻すぼみになった。次に住む場所が決まるのは、一体いつになることやら。けど、背に腹は変えられない。今は目の前に出されたこの提案にすがらないと、ホームレスになってしまうのだ。 「決まりだな」 「よろしくお願いします」  獅童さんが車を止める。いつの間にか大叔母さんの別荘まで来ていた。鉄の門扉が自動でゆっくりと開いていく。  獅童さんがボクを見る。口元が小さく動く。しかしそれは声にならない。 「なんですか?」 「いや、なんでもない」 獅童さんは一瞬含み笑いのような口元になったが、すぐに口を引き結び、左寄りにハンドルを切った。車庫の扉が開く。車が吸い込まれていく。ボクはもう、後戻りできないとなぜか本能的に知った気がした。 了
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