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降り始めた大粒の雨で地面がぬかるんでいる。ただでさえヴァルの重い斬撃を受けなければならないのに、上手く地面に踏ん張ることも難しい状況で、レオンは己に身体能力上昇の龍術をかけてなんとか持ち堪えていた。
腕力、脚力、ありとあらゆる身体能力を底上げし、加えて刀には風龍術の属性と加護を付与している。同時に複数の龍術を操ることのできるレオンの才能があるからこそ為せる技だ。
一方で、雷の龍術しか使っていないにも関わらず、ほぼ腕力と剣の腕だけでレオンの攻撃を全てねじ伏せているヴァルも、立派な化け物だった。
濡れた髪が肌にはり付き、降りしきる雨は視界を遮る。
もう何度目かわからない斬り合いの後、離れて距離を取ったレオンは乱れた呼吸を整え大きく息をついた。
「くっそ、涼しい顔しやがって…っ」
操られているからなのか、息を切らしているレオンに対し、ヴァルは無表情のまま呼吸一つ乱していなかった。
いくら訓練を積み鍛えているからといって、体力が無尽蔵に続くわけではない。目の前のヴァルを警戒しながら、レオンはちらりと横に視線を走らせる。
離れた場所で、ルバートが漆黒軍の兵士たちと戦っていた。レオンの目には見えないが、恐らく近くには幻影龍術で姿を隠したソラがいるはずだ。
ソラの夢喰龍術がどこまで通用するかはわからない。しかし少しでもこの状況を打破する可能性があるとすればそれしかなく、レオンはソラを信じて攻撃に耐えるしかない。
追い詰められた状況に半ばやけくそで口角を上げ、再びヴァルとの距離を詰め踏み込んでいく。
鋭い視線の先、レオンを迎え撃とうと剣を構えなおすヴァルの瞳には、やはりいつもの光はなく―――。再び激しくぶつかると思った次の瞬間、不意に、ヴァルの瞳に一筋の光が走るのを見た。
それに気付いたレオンはすんでのところで踏みとどまった。
剣を振り上げた姿勢のままぴたりと動きを止めたヴァルが、ゆっくりと腕をおろす。
雨に打たれてこちらを見つめるその顔は、この場においてあまりに間の抜けた表情だった。
「……レオン?」
きょとんとした、ほんの数秒前まで命のやり取りをしていたとはとても思えないような顔で、辺りを見渡す。周りを寄せ付けないほどの気迫を放っていた二人の衝突が突然途絶えたことに、白銀軍と漆黒軍の兵士たちも手を止めた。
自分の状況が理解できていないらしいヴァルは、ずぶ濡れの自分と、握った剣と、周りの兵士たちを視界に捉え。
これ以上ないくらい、眉間に深い皺を寄せた。
「……なんだこれは…?まるで戦争ではないか」
「あー、そうだろうな。俺もこれは戦争だと思う」
レオンは今にも刀を投げ捨てて、大の字でその場に寝転んでしまいたい気分だった。大きなため息を漏らし、肩の力を抜いて膝に手をつく。
終わった。ソラがやってくれたのだ。
緊張が解けた途端どっと全身に濡れた衣服の重さがのしかかり、もう指一本動かすのも億劫なレオンの後ろから、足元の泥が跳ねるのも構わず駆けてくる姿があった。
「ヴァル!!」
ハッと顔を上げたヴァルが、その姿を見つめて目を細める。まったくこちらの苦労も知らないで、憎らしいほど嬉しそうな顔をしていた。
「ソラ……!」
ソラはソラで、万感の思い溢れんばかりといった様子で、一目散にヴァルの元へ駆けていく。せめて誰か一言でもいいから自分を労ってくれないだろうか?
まぁ、今回ばかりは好きにさせてやろうと、レオンはやれやれと肩を竦めて笑った。
次の瞬間だった。
背中をゾッとするような悪寒が駆け抜ける。尋常ではない邪悪な気配に顔を上げたレオンは、咄嗟にソラを庇って前に出た。
「ソラ、止まれ!!」
同じ気配を、ヴァルも感じ取っていたらしい。険しい顔で剣を構えなおし、どこからか迫る危険に備える。と思ったら、その姿は一瞬にして視界から消えた。
悲鳴に近いソラの叫びが雨音を割って響き渡る。ヴァルは消えたのではなく、勢いよく地面に引き倒されていた。本来のヴァルであれば易々と倒されるようなことはないはずだが、恐らく、操られて体が限界以上に酷使されていたせいで、普段通りの力を発揮することができないのだ。
そんなヴァルを雨でぐずぐずになった地面に叩きつけ、あまつさえその背中を上から踏みつけて笑う人物を前に、やはりこの者は自分たちと同じ龍人ではなかったのだと、レオンは確信した。
「もう少し面白くなると思ったのにな~。ほんと兄様って期待外れ」
両手に持った短剣のうち片方をくるくると手で回し、悩まし気に眉を寄せて足下のヴァルを見下ろしたティアトスは、愉悦の笑みを浮かべた。
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