恋と愛の選択肢

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彼女は恋を知らない。何故なら男がいる環境で生きていないからだ。 昔から男に関するマイナスの知識ばかり言い聞かせられてきた。 男はずるい、男は小心者、男は嘘をつく、男は他所にも女を作る、男は。信用も信頼もできない。 男なんていなくても生きていけるのだから、男に気を許すんじゃない。母も祖母も隣のおばちゃんも皆口をそろえてそう言ってきた。  そういうものなのか。そう思って生きてきた。男を見下そうにも男がいないのだからわからない。特に興味もわかなかったのだが。  二つ向こうに住む独身女が、結婚したと聞いたのだ。衝撃だった、絶対に結婚しないと思っていたのに。どうして結婚できた、何故。出会いは、どうやって愛を育んだ、どうやって結婚までこぎつけた。 というか、何故結婚した? なんの必要があって。いや、なによりも。 「何で私より年下の小娘が結婚してんだよ!」  雪女の六花(りっか)はブチ切れていた。二つ向こうにある山に住む雪鬼の女が人間の男と結婚したというのだ。ありえない、あんな雪深いところに住んでて何でボーイミーツガールができるのか。 「じゃあ、私も結婚できるじゃん!」  雪女にまつわる男に裏切られたというエピソード。そんなはずないと祖母も母も隣のおばちゃんも雪女という雪女が皆伝説を信じずに男を求めて人里におり、1年くらいで男なんてクソだと舌打ちをして帰ってきていた。どんな目にあったのか聞けばずるくて小心者で嘘ついて浮気する最低な奴だと口をそろえた。ついでに氷漬けにしてきたとブチ切れていた。  雪女が子供をもつのは雪人形に魂を宿す方法なので、世間一般で言うところの子作りは当てはまらない。完全に女だけの一族なのだ。  六花は思った。たぶんそれ、男が悪いんじゃなくて男を見る眼がないだけだ。だって女だけで暮らしてるんだよ自分たち。田舎のもっさい女が都会のきらきらしたチョイ悪男に騙されて金を巻き上げられているだけなのではないかと気づいたのだ。  雪鬼と雪女はまったく接点がない。仲が良い悪いもなくまったく関係ない、そもそも関わらない。関係ないが、雪女は雪鬼が嫌いだった。何故なら雪鬼には男が存在するからだ。しかもだいたいイケメンだ。 お前ら、こっちは雪男っつったらなんか毛がもじゃもじゃ生えたでかいモップみたいな出で立ちでウホウホ言ってるだけの奴しかいねえんだぞ、人間の形ですらねえんだぞ、と納得いかない。  出会いなんて身近にある癖に、雪鬼同士がまったく興味わかないもので恋愛エピソードなど皆無なのだ。それなのに。奇跡のような確率で人間をゲットしたと聞いては黙っていられない。 「私だって結婚する!」  いやその前に恋愛をしなさいよ、と言いたいところだが六花は人間でいうところの32歳くらい。ちょっと婚期について敏感なお年頃だ。結婚してどうしたいのか、までは考えていない。結婚が目的、ゴールになっている。  六花は里を下りて人間社会に出た。雪女は簡単に人間に化けることができる、溶けたりしない。ただ夏はさすがにテンションが低く、冬はテンションがアゲアゲなだけだ。  人間社会におりてまずやったのは仕事探し、これは事前に資格取得していたおかげで簡単にできた。他人とのコミュニケも問題ない、一人暮らしをしていて料理の腕もあがった。温かいものは基本食べないが男は料理が上手い女にコロっといくと知ったから勉強した。そう、六花は勤勉なのだ。  恋愛の勉強も欠かさなかった。様々な本を読んだしエッセイ、心理学、芸能人のコイバナ、他たくさんのものを着手したが手軽に恋愛を知るにはこれしかない、と選んだのは。 『今日だけは、俺と一緒にいてくれ。ただ傍にいてくれるだけでいいから……』 【私なんかでよければ……】 【ごめんなさい、私、約束があるの】 【そんな事より一狩り行こうぜ!】 「ばっか野郎!一番上の一択だろうが!」  叫んで一番上を連打すると、好感度が上がる音がして専用スチルが映る。彼は悲しそうに微笑み、しかしヒロインの手をしっかりと握っている。 「きたきたきたああああああ!やっとここまで来た!!!」  剣と魔法が存在するダークファンタジーADVゲームの「サクリファイス」。イケメンと恋愛を楽しむ、いわゆる乙女ゲーというやつだ。イケメンは5人、それぞれのルートを攻略し隠しキャラの攻略をしている真っ最中だった。  勉強の為なので基本攻略は見ない、自分の考えだけで進めている。なので、このキャラを出すのに1か月近く経った。まさか5人中2人の好感度をある程度上げておいて専用イベントを3つ、そのうち二つ目だけあえて失敗して敵の陰謀にはまらなければ登場すらしないとは。物語も中盤くらいにならないといけないだけあって、出たと思ったら展開が怒涛だ。凄い勢いでぐいぐい来る、と思えばふっと離れていく。 何だコイツ、糸が切れたタコか。いや違う、出生に秘密があり組織に抗いたった一人で戦い続ける孤高の魔術師。本当は誰かに助けてほしいのに、犠牲を最小限にするためにすべての災いを一身に受けているのだ。ちなみに何らかの犠牲によって力を得るというコンセプトなのでタイトルはサクリファイスである。  つまり、あらゆる犠牲を一身に受けているこの隠しキャラ、アークはチート並みに強い。強いが故の苦悩がまた多いこと。小指を箪笥の角にぶつけたことさえ己の辛い運命のせいだとか言いそうなくらい後ろ向きな展開が多い。  他の5人が王道キャラばかりだったのでチョロかったが、アークだけは一筋縄ではいかない。何考えてるのか全然わからない。六花は最近寝ても覚めてもアークの事を考えている。何故なら、他のキャラに比べるとバッドエンドの数が8倍だ。だいたいヒロインが死ぬ、しかもアークに殺されその犠牲はアークの力となってしまう。慎重に進めなければいけないのだ。……何故一狩り行くんだこのタイミングで。 「あ、やば」  時計を見れば午後23時。もう寝る時間だ。六花は基本早寝を心がけている、お肌に悪いと聞いたからだ。ゲームの電源を切ると秒で布団に滑り込み目を閉じると即寝た。六花は冗談ではなく本当に目を閉じてすぐ寝れるタイプだった。
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