第七話 蜀の滅亡

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 「この老いぼれども!なぜ、これほど抵抗するのだ」  鍾会は、廖化と張翼が凡庸な将であり、これほど手こずるはずはないと考えていた。しかし、思いの外抵抗を見せたため、勢いが弱まっていた。  その頃、姜維は郪より五城へと向かって早馬を走らせていた。魏軍の胡烈等の追手が迫っており、成都に着けるか分からないといった状況であった。 「廖化、張翼が敵二軍を抑えてくれているから何とか南下できているものの、胡烈の奴め、しつこく追ってきやがる」  姜維は、魏の追手に抵抗を見せながらギリギリの状況を脱しようとしていた。  成都宮廷では、諸葛瞻が敗れ、すぐそこまで鄧艾が迫ってきているとの伝令が来た。朝政内は、抵抗するか、降伏するかの議論の応酬となっていた。 「皇帝、敵は強大かつ、武に長け智に深い、ここは、降伏いたしましょう。早く降伏すれば、帝も安泰な地位を得られることでしょう」  重臣から、譙周が発言すれば、張飛の子、張紹が、 「何を言っている、降伏などするものか!漢帝国を滅ぼすと言うのか」  と、各々が言いたいことを言っており、収集が付かない状態となった。 「臣下達よ、降伏を諦め、南に逃れると言う手はないのか?」 「皇帝、南に逃れたとしても、最終防衛の兵は突破されました。もう魏の攻撃を抑える軍は、我が国にはありません」  劉禅は、項垂れて、 「では、朕に降伏をしろと……」 「はい……」 「わかった。皆の者、この玉璽を魏将に持って行ってくれ。準備をするぞ」 「ははー」  蜀漢帝国は、こうして四十年の歴史に幕をとした。 その時、劉禅の御前に子、劉諶が血相を抱えて現れた。 「皇帝、いえ、父上!なぜ、降伏するなどとおっしゃるのですか!」 「もう、決まったことなのだ劉諶よ」 「くっ…… 先帝に申し訳ないと思わないのですか」 「仕方ないのだ。分かってくれ息子よ……」 「ああ、漢もこれまで。先帝に顔向けできぬ」  この後、劉諶は、家族を斬り自刃したのだった。  劉禅は鄧艾へ使者を遣わし、皇帝の玉璽と綬を渡し、降伏を願い出た。  姜維は、巴西の五城で使者と落ち合った。使者の書には、 「皇帝、魏将鄧艾に降伏す」  と、あった。姜維は、敵将に抵抗するのをやめ、岩に剣を叩きつけ、全蜀軍に命じた。 「戦を止めよ。追ってきてる胡烈に使者を出し、鍾会に降伏をする……」  姜維軍は、皆、その場に膝を就け、涙ながらに悔しがった。 姜維の降伏を知らず、廖化と張翼は、以前剣閣の南方で魏軍と戦っていた。句安と鍾会軍の先鋒皇甫闓に左右から攻撃される格好となった。廖化と張翼は、およそ五倍もの兵力差がある中、最後の力を振り絞り防御していた。 「戦友張翼殿、隣で戦えることを誇りに思うぞ、倒れるな」 「同志廖化よ、我々はただの老骨ではなかったことを証明しよう」  闘志ある蜀両軍の防衛に、魏軍の方が、武力も知力も上回っているはずなのに、攻略できず句安は焦っていた。 「このままでは、姜維を成都に向かわせてしまう。なぜ、蜀軍は、これほどまでに抵抗が強いのか」  廖化は、部下を信頼し、友を信頼し、助け合いながらも、死地に出て気力を振り絞りながら戦う配下に号令をかけた。 「我々は、魏軍を追い返し、勝利の宴で酔いしれようぞ!進め、同志よ!」  その声により、廖化軍、張翼軍は、魏軍を大いに反撃し、敵軍の攻めを止めた。 「ぐぬぬ……」  皇甫闓は、張翼軍に攻め入れず、後退してきていることを悟った。  その時、廖化軍と張翼軍の後方から、胡烈軍がやってきた。 「なんだと、後から魏軍が…… 廖化殿、もしや」 「姜維殿が敗れたのか!」  廖化は、防御態勢を後方にも移動させ、追撃に備えた。胡烈軍を合わせれば、蜀軍は、ひとたまりもない状態であった。 「ここまでか……」  廖化の頭の中で、死が過った。  軍の中から、胡烈が前に出て、廖化と張翼に、停戦を呼び掛けた。 「蜀両軍の大将よ、総指揮官姜維は、成都皇帝の降伏により、投降した。剣を置き我々に降伏せよ」  伝令書状を兵に渡し、廖化は受け取った。確かに、蜀は、魏に降伏した。廖化は、その場にボロボロに刃が欠けた剣を落とし、項垂れた。 「終わったのか……」  この事により、蜀は魏に全ての兵が降伏し、蜀は滅亡。鄧艾が、戦後処理を行った。  その後、蜀の重臣達は抵抗を見せないものは、それなりの官職を貰い、皇帝劉禅と親族や側近は、洛陽へと護送された。  その中に、廖化や張翼もおり、長い戦乱を駆け抜けたせいもあり身体も疲弊し、病を負ってしまった。 「はぁ…… 胸のあたりが苦しい」  隣にいる張翼も、同じく病を患っていた。 「お互い、こんな時まで隣で歩くことになろうとはな」 「戦友よ、仲良く病に罹るなど、滑稽だ」  二人は、肩を貸し合いながら、洛陽を目指す馬に乗っていった。 「我等は、負けはしたが名を遺したな」 「ああ、こんな凡庸で長生きしたのは、武将としては恥さらしかもしれぬ」  張翼は、馬上で咳き込み、落馬した。元蜀の臣下達が張翼を抱えて泣き崩れた。 「蜀の滅亡は、多くの英雄が守ってきた歴史だ。陳寿に話してやらねば死ねぬ」  廖化は、使いをやって、陳寿を探させた。洛陽を目の前に、廖化は、劉備、関羽、張飛、趙雲、そして諸葛亮の面影を感じたのだった。 「主君よ……」  廖化は、彼らと手を取り歩んでいった。その顔は晴れやかで、姿は若き日の廖化であった。   将軍廖化 完  これにて、廖化伝全て終了になります。
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