表札プレート

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 夫が亡くなってからおよそ一年、一周忌を終えた段階で美智子は息子の達也の家に引っ越しをした。  まだ姑が生きていた頃から夫と暮らし、子供をふたり育て、姑や飼い犬やとうとう夫まで看取った家との別れは名残惜しかったが、美智子も年金を貰う年になってしまった。  今でもハイキングやスイミングを趣味とする美智子だ、健康にはまだ不安はない。けれど同じく元気だった夫が六十三歳の若さでがんで息を引き取ったことを思うと、自分もいつ何が起こるかわからない。  健康なうちは子供たちの面倒を見たかった。  もっと言えば、孫の子守をしてやりたい。  今時の若者はみんな夫婦共働きだ。長男夫婦も長女夫婦も全員仕事をしている。  特に長男夫婦は奥さんもいわゆる総合職とかいうやつだそうで、孫ふたりを遅くまで学童に預けてしゃかりきに働いている。  美智子からするとなんだか可哀想だ。女性が働くことに異を唱える頑迷な老人だと思われたくないので口に出さずにはいるが、できることなら孫たちに毎日凝った手料理を食べさせてやりたいと思っていた。  そんな折、息子の達也のほうから同居を申し出てくれた。  美智子はすぐに受け入れてもらうことにした。  結婚以来の引っ越しに、美智子は不安と期待で胸がはちきれんばかりに興奮した。  引っ越して最初の日曜の夜、美智子は達也とふたりでご近所に引っ越しそばを配り歩いた。 「すみません、北村です」  チャイムを押してそう言うと、どの家も明るく返事をしてドアを開けてくれた。  まずは第一印象である。ご近所とうまくやるには最初で愛想よくしておくのが一番だ。 「こんばんは。私、北村美智子といいます。いつも息子夫婦がお世話になっておりまして」 「あら、北村さんちのお母様?」 「そうなんです。今回息子夫婦が私を田舎から呼び寄せて同居してくれると言うんで、甘えさせてもらって越してきました」 「若いお母様ですね」 「もう年金を貰う年のおばさんなんですよ。だからね、足腰が動くうちに子供のところで家事でも育児でも手伝ってやらなきゃいけないと思いましてね」 「まあ、仲がいいんですね。お母様が家の中のことをしてくれるってなったら、奥さんもきっと安心ですね」  こんな感じで訪ねたのは全部で七軒である。
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