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「……Mars?」
ハルモニアが視界のど真ん中に現れて覗き込んできたのはドキドキしたが、その後彼女が見つけた単語こそ、俺の名前なのだろうと期待した……のだが、
……なんか違う気がする。
いや、知らないくせに何言ってんだと言われるかもしれないが、これは俺の元の名前ではない気がする。
しかしM.a.r.sか……彼女はマースと読んだが、俺の前世の知識からすると火星ではないかと。
だが、この感じた違和感はそういう次元の話ではない。
なんにせよ、この名前で一度試してみないことには始まらない。
そう考え、彼女がコックピットに戻ってくるのを待った。
そうして彼女に再び契約の為に座り直して貰い、真名の交換を行う。
『じゃあ始めるぞ。えーっと……ごほん!
我が力を求めし者、ハルモニアよ、求めるならば我が名を呼び、我が名の下に信仰を捧げよ。』
いやーちょっとこれ恥ずかしいね!
「……私、ハルモニアは、マースに…信仰を捧げます」
ハルモニアも何と言っていいかわからないけど言われた通りにするならこういうことかと考えながら発したらしき言葉を紡ぐ。
しかし、特に何か起きた感じはしなかった。
「何か変わった?」
『いや、特に何も』
「そんな! じゃああの名前なんだったのよ!?」
『考えられるとしたら、読み方を間違えているんじゃないか?
君はマースと読んだけど、あれは俺の知ってる言葉ならマーズだと思う」
「じゃぁ……マーズ、あなたに信仰を捧げます」
これも特にか何も感じない。
「これも違うのかしら……なら……マース……マーズ……M.a.r.s……まrす…………マルス?」
カチリと、何かが嵌る感覚がきた。
頭の中を情報が駆け巡る。
マルス…そうだ、マルスだ。
記憶の中の俺の名前とは相変わらず合致しない。しかし、マルスという名前はすごくしっくり来た。
少なくとも今、俺は、俺をマルスと定義していた。
そして、マルスとは戦いの神、軍神の名でもある。
自分が神だとは思わない。こんな機械でできた神がいてたまるかと自分でも思う。
だが、名は体を表すと言うように、マルスと定義された自分の中に戦いのための情報が渦巻いているのを感じ取れた。
『そうだ。俺の名はマルス……マルスだ。
ハルモニア。もう一度俺の名を呼んでくれ。俺はマルス。戦いの神の名を冠する者。
君が俺の力を欲し、その名を呼んでくれるならば応えよう。俺の力を貸してみせる!』
「え……わ、わかった!
私はハルモニア。戦いの神マルスの名を持つ貴方に私は信仰を捧げる!」
『その言葉、確かに受け取った!これより君は俺のパイロットだ!』
そして変化は訪れた。
コックピットの扉が閉じる。そこへつながる背中の扉も閉じた。
全身に力が漲り、動くのを拒否していたモーター達が全力で駆動し始めるのを感じとる。
腕が動く。地を押し、体を持ち上げる。
足が動く。地を踏み、上体を起こしていく。
機械の身体は周りの橋をへし折りながらついにその二本の足で立ち上がったのだった。
「た……立った!すごい!私、この機械を動かしてる!」
『あぁ!ついに立ち上がれた!この力強い感覚!これが立つということか!』
ハルモニアは長い努力が報われたことへの喜び。
俺は久しぶりの自立への感動。
暫くそれぞれの感情に極まっていたのだった。
…
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