紅葉を踏む

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 この世が真っ新になってしまえばいい。神か仏のどちらかが、我が願いを聞き入れてくれたのかと思った。土御門惟雄が侍従に叩き起こされて、外へ出てみれば、一面雪化粧の有様であった。あまりの美しさに、「おお……」と月並みな反応をしていると、先に出ていた乳兄弟である高倉朝綱が彼を呼んだ。  父に似て、いつも落ち着き払った強面の朝綱が、この日はどこか冷静さを欠いていた。何かへまをする、というのではないが、いつも険しい目元が今日は惟雄に縋るような気配を帯びていたのだった。 「何やら慌ただしいな、朝綱よ。こんなにも美しい朝だというのに」 「ええ、左様でございます。今朝はたいへん、美しゅうございます。私も日が上る前に庭を見ておりましたが、朝陽に光る雪が見事でございまして――」 「雪のことなどどうでもよい。私は、何があったのかと聞いておるのだ。お前らしくもない」 「申し訳ございません……」  朝綱は真冬だというのに額に汗を滲ませ、頭を下げた。 「西条殿が殺されたそうでございます」 「……そうか」 「驚かれぬのですか?」 「あの家は近頃不穏であったからな。お子がお生まれになってから、他の妾どもが何やらよからぬ動きをしておったというのも噂に聞いておるし」 「ええ、それは私も耳にしておりましたが……しかし、よりにもよって西条殿を殺す必要がおありで?」 「まともに考えれば、妾の誰かが憎しみに任せて殺した、となるだろうが……果たして。一先ず邸に行くとしよう。どんな顔で死んだか見てやらねばな」 「はっ」  惟雄が歩き出すと、朝綱もその後に続いた。まだ誰も歩いていない雪が、踏むたびにか細い鳴き声を上げた。  西条の邸では、何人もの侍従が蒼白な顔面を並べて惟雄たちを出迎えた。西条の女どもはまだ寝床らしく、邸のどの部屋も静まり返っていた。  侍従の一人が惟雄たちを西条の寝殿へと案内した。ぴったりと閉じた襖の前まで来ると、侍従は惟雄たちの後ろへ回った。朝綱が訝しがって侍従に襖を開けるように命じたが、彼女は逡巡してみせた。二人は顔を見合わせ、仕方なく朝綱が襖を引き開けた。  その瞬間、強烈な臭いが部屋から溢れ出てきた。朝綱と侍従が思わず顔を顰め、袖で鼻を覆った。 「おお……これはこれは……」
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