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「晴れると良いんだがなぁ。この感じじゃ厳しいな」
小鯖の竜田揚げを頬張りながら、テレビの天気予報を見ていた花火師のマサさんがため息を吐いた。
夕方戻って来た渚と三人で台所に立ち、小鯖の竜田揚げやイワシのなめろう。モロヘイヤのお浸し、冷奴、トビウオの団子が入った味噌汁を作った。雫はモロヘイヤのお浸しと味噌汁を担当させて貰った。
マサさんが「うんうん」「美味いな」とぶつぶつ言いながら次々に口に入れていく様子を見ていると嬉しくなる。
自分が作ったものを美味しいって食べて貰えるのって、こんなに嬉しいんだ。
そんな経験がとても新鮮で、食事風景を眺めているのが楽しくて仕方なかった。
マサさんは雫の熱い視線に気付かないまま、画面いっぱいに表示される週間天気を見て「こりゃあ駄目かもしれんな」と、肩を落とした。
「それにしても大したもんだ。ジュンさんがいないのに、こんなに立派な食事が食べられるなんてな。海里も釣りの腕を上げたな。昔は一分もじっと釣り糸を垂らして座ってられなかったってのに」
「当たり前だろ。俺ももう立派な大人なんだぜ。釣りしながら、世界平和についてだって考えちまうんだから」
得意気な海里に「なに馬鹿言ってんだ」と鼻先で笑いながら、モロヘイヤの入った小鉢を一気にすするようにかき込む。
ようやく陽も沈み、縁側から見える濃い藍色の空には、ひと際輝く星が一つ瞬いていた。
「ジュンさんの親戚なんてのは孫くらいしか聞いたこと無かったなぁ。こんな年頃の女の子がいたなんてなぁ」
氷の入った麦茶を飲み干すと、テーブルにグラスを置いて雫をまじまじと見た。
「そう言えばあの子はどうなったんだろうなぁ。えらく気にかけていたお孫さんだよ。あや子ちゃんも暫く見てないからな」
突然口にした母の名に、身体中の血液が強く脈打つ。
「娘さんって、いつ頃お会いしたんですか?」
咄嗟に尋ねてしまった。自分の知らない頃の母の話。どんな人だったのだろう。マサさんから母の名前が出た事で一気にあふれ出てしまった。
リン
縁側の風鈴が夜風に音を奏でる。涼やかな風が頬を撫で、切り揃った前髪をそっと揺らす。渚と海里は心配そうに雫を見つめていた。
「いつだっけなぁ。あぁ、娘さんを産んで里帰りした時だったか。俺もちょろっとこっちに寄った時でな。急いでたもんで名前も聞きそびれちまったが、可愛かったぁ。まだ小さい女の子の赤ん坊を連れててよ。俺が顔覗き込んだら、ぎゃんぎゃん泣きやがってさ。それがまた可愛いんだが、ジュンさんに『マサさんの熊みたいな顔が怖いんだ』と笑われちまったよ。あの頃はまだあや子ちゃんも幸せそうでさ」
箸を置いたマサさんは「ごちそうさん」と手を合わせた。
「じゃあ、ちょっと風呂でも入るわ。料理どれも美味かったよ。ありがとね」
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