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真後ろのアメーリア
「お疲れ様ー」
やっと今日の作業も終わり。これだけ件数を上げておけば上も文句言わないだろう。私は立ちあがってうーんと伸びをすると、椅子の背中にひっかけてあった茶色のコートを手に取った。
五万円から大幅に値下げしてあったのを買ったこのコート、元の額が額だっただけあって非常にあったかくて重宝している。去年買ったものだが、今年になってもまったくほつれる気配もなく着続けられているのが素晴らしい。少々分厚くて、オフィスで椅子にひっかけておくとかさばることだけが難点だったが。
「お疲れ様です、米良さん!」
ニコニコ顔で駆け寄ってくる後輩の篠原依。ちょっとドジっこなところもあるが、地味な仕事も一生懸命にこなそうとするいい子だ。私にとっては妹分のようなものである。
「金曜日だし、今日はどっかで飲んで帰ります?今の時間ならまだ、いつものお店もあいてると思うし!」
「あー……うーん、ごめん。さすがにちょっと疲れたから、今日はもう帰るわ。飲みたいのはやまやまなんだけどね」
「そうですか……」
私は断ると、篠原は露骨にしょんぼりした顔を見せる。学生時代に両親がなくなってから、自立するまでは祖父母の家で過ごしていたという彼女。あまり祖父母と折り合いが良くなかったので、高校卒業してすぐに家を出たのだそうだ。自分で選んだ道とはいえ、疲れて一人きりの家に帰るのは寂しいものがあるのだろう。本当は、週末くらい飲みに付き合ってやりたい気持ちもある。実際、彼女のアパートには何度も遊びに行っているのだ。
「ほんとごめんね篠原さん。……そのかわり、再来週の三連休とか、遊びに行くから。どう?二人で一緒にお鍋もやろうよ」
埋め合わせもかねて私がそう告げると、ぱあっと彼女の顔が明るくなった。約束ですよ!と告げてそのまま去っていく。
――可愛いなあ。
パソコンの横に広げたメモ帳や筆箱を片づけ、コートを着て自分もオフィスを出ることにする。私に兄弟姉妹はいない。小さい頃は、弟か妹がほしくてたまらなかったのをよく覚えている。実際、妹がいたらあんなかんじだったのだろうか。二十代前半の彼女だったが、未だにお酒の席では免許証を提示しろとしつこく言われがちだとぶーたれているほどの童顔である。時々、本当の家族のように頭を撫でたくなるのも確かなことだ。
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