桜庭Side

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「ごめん、怒ってる?」 「それとも体調悪い?」  メッセージを送ってみたが返信もなければ既読もつかない。  まだ帰宅途中なのだろうと思いつつ、この妙な胸騒ぎは何だろう。  この後の同窓会の予定をキャンセルしようかと蒼汰の電話番号を画面に表示したとき、ひなたからようやく返信が届いた。  怒ってもいないし元気だから同窓会を楽しんできてと書いてある。  それでも心配だったから、早めに切り上げてそっちに行くと返信すると、 『無理でしょ、お兄ちゃんと一緒なんだから朝までになるよ。わたしは明日、朝早いから、CEOの新刊を読んだらもう寝ます』 と返って来た。  そうか『CEO拾いました』の新刊がようやく出たのか。  同窓会にたまには来いと蒼汰に言われて了承したことを心底後悔した。  蒼汰がほうれん草を持って、ひなたのアパートにやって来たあの日に誘われたのだ。 「斎藤覚えてる?高1のとき同級生だった斎藤隆太(さいとうりゅうた)。俺いまだに斎藤とつながってんだけどさ、久しぶりに桜庭に会ったって言ったら『俺も会いたい』ってなってさあ、それなら他の奴らも呼んで同窓会にしょうぜってことになったんだけど、どう?担任の吉沢先生にも声かけてるところ」  名前を聞いて、すっかり忘れいていたあの頃の思い出がよみがえってきた。  斎藤は、出席番号が近いこともあって、あの頃よく話すクラスメイトの一人だった。  毎朝ホームルームぎりぎりに教室に飛び込んでくる彼は、どうしてあと10分早く起きて早く家を出ないのかという俺の問いに「惰性の一言に尽きる」とかなんとか、自分のだらしなさを哲学的に表現するおもしろい男だった記憶がある。  担任の吉沢先生は化学の教科担当で、当時はちょうどいまの俺たちと同じぐらいの年齢だったはずだ。  少し年の離れた兄のような感覚で何かとお世話になったが、卒業以来会っていない。  俺がかなり興味を示したのを感じ取ったのか、蒼汰は「桜庭も出席で決まりな!」と破顔し、ひなたからも「いいなー、楽しそう。行ってきなよ」と後押しされてしまった。  そんな経緯があるため、ここで同窓会をドタキャンしてひなたの元へ駆けつけたら、おそらくひなたが怒るだろうという気がしていた。  また後で連絡してみよう。  この時もしも直接電話をかけてひなたの声を聞いていたら、やっぱり様子がおかしいとすぐに気づいたはずだ。  そうしなかった自分を後で責め続けることになるとは、この時の俺は全く予想もしていなかった。
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