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それでも、私は彼との密会が嬉しかったけれど、アイスコーヒーを飲むときは、どこか、それまでと同じように、いや、それまでとは違う意味で、神田さんのことを“冷たい人”と、彼に罪悪感を感じつつも、思ってる自分がいる。
私はそんな自分が嫌だった。思っても仕方ないことで彼を責めたくなる自分を恥じた。
だから、私は、彼が望む限りはアイスコーヒーを淹れようと思った。会える限りは。やがて私はそんな刹那の想いのなか、アイスコーヒーを淹れるようになっていた。
そんな私の気持ちに呼応するように、春が過ぎ、天気予報が梅雨前線の北上を告げる頃、神田さんの転勤が決まったのだった。
彼はそれに抗いようがなく、そして、私はまだ借金が残っている店を捨てて彼に付いていくことはとても叶わず、私たちの関係は始まった時と同じように、唐突に終わりを告げた。
彼は最後の出勤日、いつものように私と交わり、いつものようにアイスコーヒーを飲んで、そして「またいつか、飲みに来るから」と言って去っていった。
ひとり残された店のなかで、私は泣くこともできず、ただ呟いた。
「やっぱり、冷たい人……だなぁ」
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