香水

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 俺は今日妻に会う。  一年前から別居している妻にだ。  妻に会うのも、妻と呼ぶのも今日で最後になる。  最後くらいはカッコよく終わろうと思い背伸びをしたレストランを予約しようとしたが、彼女は一軒の居酒屋を指定した。俺たち夫婦がよく通ったホルモン焼き屋だ。  一緒に暮らした四年間。付き合っている時から数えればもっと長い間、いったい何軒の飲食店に一緒に行っただろうか。  数え切れないほどご飯を食べに行った。それは彼女が料理が苦手ということもあるだろう。 「苦痛でしかない料理をして美味しくない食事をするくらいなら、同じお金を払って美味しいご飯がいい」  彼女の口癖だった。  確かに作ってもらった料理はお世辞にも美味しいとはいえなかった。一般の会社に勤めている俺にはわからないような、壮大な仕事についている彼女には料理の勉強をする暇がなかった。仕事に追われ、時間に追われる毎日を過ごした。そんな彼女に料理までしてくれとは到底言えたものではない。  俺は待ち合わせの店の前でちらりと腕時計を見た。彼女とお揃いのオメガ スピードマスター。ゴツい時計が好きと言っていた彼女と初めて行った海外旅行の免税店で購入した。考えてみればもう六年も使っている。そろそろオーバーホールに出さないといけない。  待ち合わせの時間まであと五分ほどだが期待はしていない。  彼女はいつからか約束の時間に遅刻をする様になった。結婚する前からだ。待ち合わせの時間が読めないのが嫌で結婚した感もある。一緒に住んでれば待ち合わせる事は少ない。  別居して一年の間で何回か会っているが、その都度遅刻してくる。遅刻癖は治っていないようだった。  今日も例外なく遅刻してくるだろう。  俺はポケットに入れておいた文庫本を取り出した。いつからこうやって本を持ち歩くようになったのだろうか。彼女の遅刻する時間は次第に伸びていき、一時間を越えることすらあった。  俺にはわからない仕事についている彼女にとっていえば仕方のない事なのだろう。
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