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〜プロローグ〜 かくして事件は始まった
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……空が雲に覆われ風が吹く。世界が夜を受け入れると共に天園女学園には強大な嵐が近づこうとしていた。厚い雲が重なり合い、やがて鳥の囀りもぴたりとやんだ。
ごうごうと音を立てながら窓の外を過ぎる風は不気味で、私――向日葵は無意識に身を竦める。
「涼ちゃーん」
私は友人の名を呼んだ。奔放なあの子のことだから、きっと理科室かどこかにいると思ったのだけど……。
呼びかけても一向に返事はない。
もっと遠くの教室にでも行っているのかな? まさかこの天気で外に行っているとは考えられないし……。
私が廊下を曲がった時だ。突然の雷光。
「きゃっ‼」
いまの一瞬、雷光に照らされて、私は信じられないものをその目に映した。
懐中電灯をつけ、床を照らす。
「どうして――……」
それを目の前にしても私の口から洩れたのは、そんな気の利かない、陳腐な言葉だった。
――いい? アタシの言葉に間違いはないの。
そう自信満々に豪語した彼女――。
――嘘ね。葵が嘘つくときは知らないうちに耳を触ってしまっているの。だから嘘とわかってしまう。
そう鼻白むように云い放った彼女――。
――まるで嵐の山荘だねえ、面白いじゃん。
嵐でここから出られなくなってしまった時も、平然としていた彼女が、いま、私の目の前で死体になっている。
窓は依然通り過ぎようとしない台風によってガタガタと気味の悪い音を鳴らし、隙間風がどこからともなく、ひゅうひゅうと音を立てながら葵の頬を撫でた。
仰向けに倒れている涼からは、もう生前の人を見下しているような冷たい視線は感じられず、ただただおぞましく死体そのものが醸す背徳性のようなものが漂っている。
ベージュの学生服は、刃物の刺さった胸を中心に毒々しい紅色で染められていた。
刺殺――ふとそんな言葉が浮かぶ。血液はまだ固まり切っておらず、まだ刺されて間もないといった様子だろうか。私はまだ高校生であり、特段医学分野に精通しているわけでもない。
だから断言することはできないが、目の前に仰臥する涼がすでに死んでいてそれも何者かに殺されてしまったのだ、ということは理解するにそう苦労はしなかった。
――人を呼ばなきゃ……
私はやっと思い立った。
と、そこで突然新たな恐怖が私の中に芽生えた。
まだ殺されて間もない死体。ならば殺人犯も、すぐそこにいるのではないか?
私はくるりと身をひるがえし、周りの様子をうかがう。雨音と風の音が響く廊下からは誰の話し声も聞こえない。
それはそうだ。みんな体育館に避難してしまっているのだから……。
そう、死体となってしまった彼女と私、そして殺人犯を除いては……。
私は発見から五分遅れで絶叫を上げた。
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