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「はぁ……もー本当に捺さんはー」
翔太は特急電車に揺られながら、さっきからずっと同じ言葉を繰り返しボヤいている。
「悪かったっつの。もう言うなよ」
「だって! だって本当にもったいない! もっと早く話してくれてたら色々調べたり準備もできたのに! せっかく初めての旅行だったのにー!」
「だから俺も予約したの一昨日なんだって。調べたいなら今調べろよ」
「そういう事じゃなくてぇー」
隣に座る翔太が眉を寄せて俺を睨みつけている。
全然怖くないけど。
「分かったよ。次からはちゃんと言うから。な? 機嫌直せって」
険しい顔した翔太の頭をワシワシと撫でた。
「だって……もっと前から楽しみにしたかった。毎日指折り数えてワクワクしたかったんです……」
「じゃぁ次の旅行の計画、今立てる?」
「え?」
パッと顔が上がったと思ったら、もう不機嫌な様子はどこにもなかった。
「どこ行きたい? お前が決めていいよ」
「え、え、どうしよ……まだ何も考えてなかった」
「はは、うん。思いついたら教えて」
俺は大阪出張中に今回の旅行を決めた。
疲れていたから温泉でゆっくりしたいっていうのも、もちろんあったけど。翔太になにか特別な事をしてあげたかった。
だから俺は今回の出張手当て全額を、今日の旅費で使いきってやった。これで少しは我慢して出張した甲斐もあるだろう。
※※※※※※
「うわぁ! なにこれ広い! ……え、捺さん部屋ここで本当にあってます!?」
慌てた表情の翔太が俺と中居さんの方に振り返った。
「バーカ」
「ふふ、えぇ。こちらのお部屋で間違いありませんよ」
「あ、すいません……」
忘れてた、みたいな顔して翔太が恥ずかしそうに中居さんに謝っている。二人きりだったらもっと素直に喜ばせてやれたんだけどな。
それから夕食の説明や施設案内などを聞いて、俺達はやっと二人になった。
「あの、捺さんは本当に良かったんですか?」
「ん? なにが?」
俺は中居さんに入れてもらったお茶を静かに啜りながら聞き返した。
「だって、昨日まで出張で……今日もこんなに遠くまで来て疲れちゃわないかなって」
「だから温泉入るんだろ?」
「まぁ、そうなんですけど……」
「どこか行きたい所見つかった?」
「い、いいんですか?」
「いいよ。せっかくだし、観光しよう」
「……はい!」
俺がそう返すと、翔太のまわりに花が咲いたみたいに見えた。
こうやっていつもと違う事をしてみると、普段どれだけ構ってやれてないのかよく分かる。
こんなに喜んでもらえるなら、もっと色々してやるんだった。
お茶飲んだあと俺達は早速旅館を出た。
さすが有名観光地の週末ともなると、どこも賑わっていて、同じような旅行客で道が埋めつくされている。
「捺さん早く! 湯畑ですよ! あれあれ、ほら!」
「分かったからちょっと落ち着け! 湯畑は逃げねーから」
お前は修学旅行生か。
「すごい、テレビで見るやつ! うわ! 湯気がすごい、捺さーん」
「はいはい」
俺はおおはしゃぎの翔太が転ばないように、ぴったりと後ろに着いた。
「綺麗ですね」
「ん? うん、そうな」
「あれ、そうでもないですか?」
「いや? 来て良かったと思って」
「はい。ありがとうございます」
「あんまり騒いで体力なくすなよ?」
「大丈夫ですよこれくらい。あ、捺さんあれ! あれ食べたい!」
「ちょっ……走るなって!」
こんな所でバテたら困る。
今日ここに来た本当の目的は、まだ他にあるのだから。
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