624人が本棚に入れています
本棚に追加
/71ページ
長い長い冬の終わり。
春の訪れを知らせる小さな草木。
弥生の風は冷たくも、角のない柔らかさが感じられる。
遠くまで続く空は、どこまでも深く広がっている。
俺達は半日かけて草津観光をした。
こんな風にゆっくりと街を歩くのは、翔太と初めて遠出した江ノ島以来だ。
あの時の俺はまだ自分の気持ちに気づいていなくて……いや、気づいた日だったのかもしれない。
翔太にキスをした。
その瞬間に。
もしあの時の事がなかったら、俺達はどうなっていただろう。
いいや違う、きっとそうじゃない。
もう決まっていたんだ。
ゲイバーで翔太を見つけたその時に。
俺の未来は今ここに繋がると──
※※※※※※
「ふぅ、気持ちいいですねー」
「やっぱ露天風呂が最高だよな」
「捺さん、しっかり体の疲れ取って下さいね」
「んー。じゃぁ肩でも揉んでもらおうかな」
「いいですよー。俺結構上手いですよ」
「へぇー。テクニシャンだったのか」
「へ、変な言い方しないで下さい」
困った顔の翔太が細波を立てながら俺の背中にまわった。
俺達は今部屋に付いている露天風呂に二人で入っている。
「うわーかったいですねぇー」
肩の真上を親指でぐりぐりと押されて、その圧がコリを刺激する。
「あーきもちいいー。もっと強くていいよ」
「えぇ、今結構力入れてますよ」
「まだ全然イケる」
「もーどんだけ凝ってるんですか」
確かに凝ってるのかも。
骨折したり出張したり、最近の俺はかなり頑張っていた。でもそれを癒すのはやっぱり──
「いいよ、もう。ありがとな」
「あれ、もう終わりですか?」
「それより前きて」
俺の肩に置かれている翔太の手を引いて正面まで移動させた。
じっと、瞳を見つめる。
それからキスしようと顔を近づけ──
「ん?」
たら、俺の口が翔太の両手でがっちり塞がれた。
「んーんーんー(なーんーでー)」
「だーめー」
俺はその両手を無理矢理ほどいた。
「なんでだよ」
「だってこれから夕食ですよ」
「まだ時間あるって。キスするくらいいいだろ」
「だめです」
翔太は頑なに拒否する。
「なんで!」
「捺さんはー、すぐエロいのするじゃないですか」
「それがだめ?」
「んー……だって、これから夕食……」
翔太の顔が赤くなる。
きっと湯の熱さのせいじゃない。
「飯となんの関係があるんだよ。チューっとするだけだぞ、チューっと」
俺は諦めない。
「だ、だから……今、む、ムズムズしちゃったらちゃんと食べれないじゃないですか……夕食、楽しみにしてるのに」
へぇ。そんな理由だったのか。
じゃぁ今回は特別に諦めてやろう。
「分かったよ。じゃぁ夕食後にたっぷりな」
「んっ」
俺は翔太の濡れた額に軽いキスだけをした。
最初のコメントを投稿しよう!