間違ってますよ、生霊さん

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 あれから1週間ほどが経ち、平穏な毎日を過ごしていた。そう、これからもそのはずだった——。 「……そのような流れで祓いましたよね?」 「そうねえ、わたしもそう思うわ」  姉はベッドに寄りかかりネイルの手入れをしている。新しいネイルを塗り直し、フーッと息を吹きかける。わたしはというと、座椅子に座り大きく息を吐いた。重い。自分で言うのもなんだが、ため息が重すぎる。  そう、なぜわたしの部屋に姉がいて、わたしはため息をついているかというと——。 「莉子ちゃーん、遊びに来たよー」 「……なぜまだそんな姿でいるんですか」  そう、あの生霊がまた現れたのだ。今度は生霊というより幽体状態で漂っている。それも自分の意思でその状態になっているようなので頭が痛い。 「なんかアレ以来幽体離脱が出来るようになったみたいでね。まだ限定的だけど莉子ちゃんの家には簡単に来れるようになったわ」 「気安く名前を呼ばないで下さい」 「生霊のときの記憶も残ってたし、俺、意外とコッチ系の才能あったりして? 莉子ちゃんそう思わない?」 「……人の話聞いてます?」  幽体はふよふよと漂いながらにっこりと笑った。憑き物が落ちたような爽やかな笑顔を向けられ、なんとも言えない気持ちになる。 「まあわたし達の力も受けたし、元々そういう体質なのかもしれないし。害はなさそうじゃん?」 「……そうですけど」 「まあ生活に支障出ないようにするからさー。ちゃんと大学にも行くし」 「だい、がく?」  姉を見ると「言ってなかった?」としれっとした態度でネイルを塗り続けている。 「言ってないし聞いてないです」 「大学生って嘘じゃないわよ。もし追加するなら社長子息のお坊ちゃんっていうことと、最高学府に通ってる高スペ青年なのことくらいかな」  わたしはもう一度天井付近を漂う幽体を見つめた。慣れたように漂う姿をぼんやりと眺めていたら、わたしの視線に気付き「ヤッホー」と手をヒラヒラ振ってくる始末だ。  ——いや、そうじゃない。  とても厄介なものが居着いてしまったようだ。姉も祓う気はないらしい。今日何度目かわからないため息をついた。 「莉子ちゃん、そんなにため息ついたら幸せ逃げちゃうよ」 「……誰のせいですか」 「あ、俺修弥(しゅうや)、よろしくねー莉子ちゃん」 「だから、名前……もういいです」  生霊の……修弥さんの幽体離脱体質をなんとかするべきだろうか。その前にこの6畳1Kに女子2人と幽体1体……この息苦しさをなんとかするべきか。本当にため息しか出ない。 「ところで莉子ちゃんて大学どこ? 歳いくつ?」 「……わたし達は社会人です。そしてあなたより年上の24歳です」 「えっ! 年上!? 見えねー!!」  わたしは重い腰を上げて姉の横に座り直し、そっと耳打ちする。 「お店来た時もこんなテンションだったんですか?」 「まさかー。小綺麗な格好で大人びた節度ある態度だったわよ。まあコレが地なんじゃない?」 「茉子、視えてないでしょう?」 「雰囲気で伝わるわよー」  ふふっと可愛らしく笑う姉を小突く。どうしてこうも楽天的なのだろうか。 「そういえば莉子ちゃんどんな仕事してるの? 茉子さんと一緒に霊媒師的な? エクソシスト? 俺も退魔的なもの手伝おうか?」 「……勘違いしてますが、わたしはただの事務員です」 「それにキャバ嬢ー」 「えー普通なんだけど。そういうの仕事にしたら? 楽しそうじゃない? とりあえず暇な日は遊びに来るからよろしくね、莉子ちゃん」 「……来なくて結構です」  ——神様、どうか1週間前の生活に戻してください。平穏な日々を……どうか。  わたしは見たこともない神様に心の底から願ったのだった。
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