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019:捨てられた宝物
『優しい言葉に聞こえても、それは犯罪者の台詞です』
初めてCMで聞いた時には直截な表現で公共放送にしては随分攻めたなと感じたけれど、今ならば分かる。
「信じらんないよね、ホントに。こんな可愛くて賢くて物わかりのいい仔、ダンボールに詰めてポイだよ」
「……いやまぁ、賢いやら可愛いやら物わかりがいいやらは、多少親馬鹿要素っちゅうのか……」
スマホの待ち受け画面は、最近になって増えた家族――猫のクロを抱き上げてはにかむ司の画像にしている。それがチラリと見えたらしい稔が半笑いで紡いだのを、睨んで反発した。
「可愛いくて賢いの! 物わかりもいいの! ホントだよ!? 今度家来る!?」
「分かった分かった。なんや急に……酔うとんのか?」
「酔ってる訳ないでしょ」
「ほんならどないしてん」
まぁ落ち着け、と言わんばかりに麦茶をコップに注いで差し出してくれる。ありがと、と小さく呟いて一口。
ちょっと話聞いてくんない、と稔に持ちかけて、ほんなら家来るかと誘われた。渉はゲームイベントだかなんだかに行っていて留守だというから、じゃあ行くと即答して今に至る。
「ほんで? どないしてん」
「…………司がさ? 猫の寿命調べて落ち込んじゃって」
「はぁ……そらまぁ……なんちゅうのか……」
繊細やな、と顎をさすった稔が困ったように頭を掻く。それにゆっくりと首を振って、冷たいコップを両手で包んだ。
「……違うんだ。司は大事な人失くすの、ホントにダメだって知ってたから、それはいいんだ。……けどなんか……あんなに落ち込むくらいなら、安易に拾わなきゃ良かったなって。……後悔してるんだ、オレが」
「……」
「夢だったんだよね。……しわくちゃのおじいちゃんおばあちゃんがさ、縁側で猫挟んで日向ぼっこしてるみたいな長閑な感じ。だからつい、拾っちゃって。……勿論ちゃんと育てるつもりだったし、オレは猫の寿命がどんくらいかも分かってたしさ……。だからなんて言うか……捨てた奴がいなかったらオレも拾わなかったし、司も傷つかなくて済んだのになって……ちょっと八つ当たり?」
「そんなん言うても、捨てた奴のとこにおり続けるくらいやったら大事にしてくれるお前らのとこにおる方が猫にもえぇやろ」
「分かってんの。……それ、オレも司に言ったの。でも、なんてかさ……宝物になっちゃったんだよね、オレらの中でさ。だから、特別なものを失う恐さを知ってる司には、やっぱり猫飼ったりとかは辛かったのかなって。……オレの独り善がりだったかなーって、反省してんの」
「……さよか」
苦く笑ったオレに同調して、片頬を歪めて笑う稔の声もほんの少し苦い。
ぱたん、と後ろに手を突いて天井を見上げる。
「……難しいね~、人生って」
「……スケールがデカなったな急に……」
今度は普段通りに笑った稔の声に、んー、と曖昧に笑って。
たぶん稔なら分かってくれるだろうと――それでもあまり重たくならないようにと注意しながら口を開いた。
「……子供とかさ、絶対無理じゃん、オレら。だからなんか、余計に感情移入しちゃったのかもなぁ、って……」
「絶対無理とか言うな。……まぁまだまだ偏見のある時代やけど……まぁまぁ色々変わってきとるし。同性カップルの里親とか養子も聞いたことあるから。……まだ社会人一年目や。これからやって」
「…………そうだね」
大丈夫や、と笑った稔の顔もほんの少し切なげに目が潤んでいる。お互い気恥ずかしくて目をそらして、軽く咳払いなんかするもにょもにょした沈黙の後。
何かを吹き飛ばすみたいに、ふんっと鼻を鳴らした稔がいつもの顔に戻って笑った。
「ほんで? くだまきたいちゅうのは今ので全部なんか? 仕事の愚痴とかないんか」
「……仕事はまぁ、あんなもんかなって。……それこそ一年目だしさ……結構いい職場かなって。失敗したら怒られるけど次から気をつけるにはどうしたらいいか一緒に考えてもらえるし。……うん、仕事は全然。……稔は?」
「まぁ、オレも似たようなもんや」
「渉は元気?」
「あ~。アイツはもう毎日アホほど元気や。司くんみたいな繊細さ、欠片もないからな。ちょっと凹んでも飯食ったらすぐケロッとしとるし。一晩寝たらアッサリ解決や」
「そっか。いいじゃん。恋人が元気な方が嬉しいし楽しいよ」
「……まぁな」
照れ臭そうに歪んだ口元をコップで隠した稔が、で? と笑う。
「昼飯、食うて行くか?」
「えっ、いいの!? 司仕事でいないしどうしよっかなーって悩んでたんだ」
「かまへんかまへん。そんかし大したもんは作られへんでな」
「全然! 稔のご飯て、なんか家庭料理の域にないもんね。なんでも凄く美味しいし」
「あほ。どんだけ誉めても出てくるもんは変わらんぞ。買い物行く前やねんから、残りもんで焼き飯がやっとや」
分かってるよと笑いながら、少しでも手伝うべく一緒にキッチンへと向かった。
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